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2012.05.28

筆頭与力・佐嶋忠介(4)

「ところで、佐嶋うじが使っている密偵は、豆岩ひとりではありますまい?」
平蔵(へいぞう 42歳)が左頬にえくぼをつくりながら訊いた。

「はい」
「いや、数はどうでもよろしいので。ただ、人数がふえると、その者たちの生計(たつき)のあてもしてやらないといけないが、その金の出どころは――? 幕府勘定方が面倒をみてくれるとはおもえないが……」

火盗改メの本役を務めている先手・弓の1番手の与力筆頭の佐嶋忠介(ちゅうすけ 50歳)が急所を衝(つ)かれたといった体(てい)で目をしばたき、ちょっといいよどんだが、肩で息をして応えた。
「さようですから、密偵としてえらぶのは、まず、自力の生活力があるかどうかです」

火盗改メから支給される報酬で暮らしがやっていけるはずはない――と、佐嶋与力も強調した。
また、密偵専業では世間の目がごまかせないし、疑惑がもたれれば盗賊のほうでも生かしてはおかない。
「ですから、いろんな職業に就ける才覚の持ち主であることが第一です。町内でふつうに生きていくためには人別も整っていないといけませぬ」

もちろん、人別は火盗改メがこしらえて持たせてやるのだが、とにかく、ふつうの人たちの中へ溶けこめる性格の男であること。

佐嶋の言葉に、平蔵は深く頷(うなず)き、香具師(やし)の元締衆と親しくしておいたことが、火盗改メの仕事に生きてくると自問し、自答をだした。
密偵の人別を、いちど香具師の世界で定着させてからふつうの町中へ移せば筋がとおりやすいと判断したのであった。

参照】2010年2月4日~[元締たちの思惑] () () () (
2010年11月26日~[川すじの元締衆] () () () 

いま、香具師の元締衆との網は、江戸の町々へはほとんどひろげてある。
東海道も、大井川の東西の三島・金谷まではどうにかつながった。

参照】2011年4月21日[〔宮前(みやまえ)〕の徳右衛門
2011年4月21日~[[化粧(けわい)読みうり]相模板] () ) () (
 
中山道も高崎城下までは伸びた。
日光道も宇都宮に点ができている。

これらは、意識してつくりあげたのではなく、その場に臨んで解決策としておもいついたにすぎない。

(あとは甲州路だな)
平蔵がそうおもったとき、佐嶋筆頭が意外なことを口にした。

「密偵たちの手当ては、盗賊に襲われそうな大店(おおだな)や富商から寄進してもらい、それらを働きに応じて分配させております」

(これまでの悪達者な岡っ引きのやり口に近い)
咄嗟に胸のうちでおもったが、平蔵は表にはださず、聞き流したふりをした。

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