« 〔お勝(かつ)〕というおんな(3) | トップページ | ちゅうすけのひとり言(26) »

2008.10.15

〔お勝(かつ)〕というおんな(4)

この夜も、〔相模(さがみ)〕の彦十(ひこじゅう 33歳)は、幕府の米蔵の1番蔵の北で、舟着き場の茶店〔小浪〕を見張っている。
銕三郎(てつさぶろう 23歳)の言いつけであった。

大川からの切れこみの堀が幾筋もあるために、蚊も多い。
彦十は、足や胸を掻きながら、それでもまじめに〔小浪〕から目をはにさなかった。

まもなく五ッ半(午後9時)になろうかとというころになって、ひっそりと近寄ってきた男が、閉まっている表戸を、こつこつと打った。

戸があいて、明かりが男を照らす。
(きのうの、若い男だ。ちきしょう、うまくやってやがる)
彦十は、ぴしゃりと頬の蚊をつぶした。

その音に、男がふりかえって、闇をすかし見た。
「ニャーオ」
彦十が首をすくめて、鳴いた。
「なんだ、猫の奴か」

男が入ると、戸が閉まり、あたりは、また、闇がもどった。
彦十が、蚊を追っているあいだに、われわれは、透明人間となって、〔小浪〕の中へ入ってみよう。

小座敷で、男が用意された酒を飲んでいる。
横で、小浪が手酌で杯を満たす。
「ねえ、今さん。あたしゃ、つくづく、いまのたつきがいやになっているのさ」
男は、今助(いますけ 21歳)らしい。
「がまん、我慢---うっかり、元締にさからってみねえ。簀巻きにされて、そこの大川へ放りこまれるぜ」
「だって、元締のあれは、もう、この2年、役たたずなんだよ」
「自分の持ち物は、だれでも、捨てがたいもんさ」
「こうして、つまみ食いされていてもかい?」
「このことは、秘密も秘密、大秘密だぜ」

待ちきれなくなった小浪が、裾を乱して、背から今助の上に乗っかり、出事(でごと)をはじめた。

_360_2
(国貞『恋のやつふじ』 イメージ)

とても、見てはいられない。
退散、たいさん。
と、まるでわれわれに聞かせるように、小浪が言った。
「元締ったら、きょうも、井関なんとか---ほら、さんたちにヤットウを師範してる---ってのの、友だちとやらの、岸井なんとやらを看視役にしたててさ---」

もう一軒、框(かや)寺(現・台東区蔵前3丁目22)裏の仕舞(しもう)た家へ忍びこんでみよう。

鍵をあけて入ってからのお(かつ 27歳)は、まるで新妻のように、かいがいしく台所に立って夕餉(ゆうげ)の支度にとりかかり、徳利の酒の量をたしかめたりしていた。
が待っていたお(りょう 29歳)は、半刻(1時間)経ってからやってきたのも、われわれが忍びこむ前のことである。

いまの2人は、たらいの湯で背中を流しあってから、床に横になり、お互いの秘所に近い内股や乳房を、ゆったりと愛撫しあいながら、話しあっている。

「お前、〔平岩〕での嘗(な)めは、うまくすすんでいるのかえ?」

_300
(向島 葛西太郎〔平岩〕)

どうやら、おは、向島・三囲(みめぐり)稲荷社の北隣りの料亭〔平岩〕へ引き込みに入っているらしい。

ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』文庫巻5[兇賊]で、〔網切あみきり)〕の甚五郎(じんごろう)が鬼平を騙して出向かせた、向島・諏訪明神脇の料亭〔大村〕は、この〔平岩〕から10丁(1km)ほど北。

ということは、雑司ヶ谷の〔橘屋〕の座敷女中をしていたのも、引き込みだったのかもしれない。

「金蔵の蝋型をとる寸前まできてます。座敷仕事がいそがしいものですから---」
「間取り図は、〔蓑火みのひ)のお頭がほめてくださったよ」
「まあ、うれしい。これも、姉(あね)さんのご指導のたまものです。あっ、そこ、いい---」
甘え声で、身をすりよせる。

【参照】2008年8月29日~[〔蓑火(みのひ)〕のお頭]  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)

は、いかにもいとおしげに片方の腕で抱いてやるのである。
そして、その指は、なめくじが這うようにねばっこく、やさしく、やすみなく動いていた。

「お前、〔橘屋〕のときみたいに、ほかの仲居とか芸者にちょっかい出してないだろうね」
「あのときは、姉さんから、3ヶ月も連絡(つなぎ)がなくて、さびしかったの」
「お盗(つと)めは、色事と違って、本気でかからないとね」
「姉さんとの、このことだって、本気です」

_
(歌麿 [青楼辰の刻] 部分 イメージ)

突然、おが、おの躰の上にかぶさり、しっかりと抱きしめた。

の右の太股のをはさみ、自分の秘所を太股にぴったりつけて腰をはげしく動かす。
の顔が紅色に染まり、あえぎが大きくなった。

いかん。銕三郎がおに興味をもっているのは、このことではなく、おんな男のもののかんがえ方のはずである。
退出。

[〔お勝(かつ)〕というおんな] (1) (2) (3) 

|

« 〔お勝(かつ)〕というおんな(3) | トップページ | ちゅうすけのひとり言(26) »

149お竜・お勝・お乃舞・お咲」カテゴリの記事

コメント

銕三郎って、若いころいろんな人とかかわりがあって、あれこれ学んだのですね。よくわかります。
ありがとございます。

投稿: kayo | 2008.10.15 09:36

>KAYO さん
そうなんです。火盗改メのお頭として、あれだけの組下と密偵たちを統率していくには、本人の性格もありましょうし、人並み以上の人間通でないと勤まらないでしょう。
それで、あれこれ、やってみています。
要は、アクセスしてくださっている鬼平ファンの方々が、面白がってくださっているかどうかなんです。
まあ、ぼくとすれば、データがたまればいいと割り切ってもいますが。

投稿: ちゅうすけ | 2008.10.15 17:52

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 〔お勝(かつ)〕というおんな(3) | トップページ | ちゅうすけのひとり言(26) »