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2009.03.24

〔墓火(はかび)〕の秀五郎・初代(2)

あとさきもなく、ずばりと、〔墓火(はかび)〕の秀五郎という名に耳覚えはないか、と鉄五郎(てつごろう 24歳)から訊かれたもので、場数をふんでいるさすがの小浪(こなみ 30歳)も、とっさに視線を動揺させた。

銕三郎は見のがさない。
「何かご存じのようですな」
ちらっと同心・田口耕三を気にしてから、小浪が頷(うなず)いた。

「ついさきごろ、お縄になった〔佐江戸(さえど)の仁兵衛(iにへえ 31歳)はんが、渡しの帰り舟のついでに、お茶を召しがてら、お休みにならはりました」
仁兵衛も、小浪も盗(つとめ)にかかわりがあるおんなだと、においで感じとっていたらしい。
もちろん、直裁に素性をうちあけたわけではない。
おもて向きは、あくまで阿部川町の裏店で数珠職をよそおっていた。

だが、あるとき、ふっと、
「この冬場の火盗のお頭に、菅沼摂津とおっしゃる方が発令になったそうですな」
とつぶやいて、小浪の眸(め)の動きを確かめるようにうかがったという。
「そやけど、このあたりィは、定役(じょうやく)はんのおかかりどすよって---」
そう受けると、合点したように、
「深川あたりの見廻りが濃くなりそうで---」
「ほな、深川にィも、納め先がおますのんですか?」
「いや。品(ぶつ)の納めは新寺町だが、同郷の知り合いが深川におりましてな」
ふっと笑いをもらし、それきり、黙ったという。

田口同心がせきこんで、
「知り合いは、深川のどこと---?」
問いかけたのを、京都弁でさらりと流した。
「そないお言いやしたかて、聞いてェしまへんのどす」

_100銕三郎が、お代わりを頼んで、新しい茶がきたとき、
「〔佐江戸〕という通り名が知れたのは---?」
小浪ははっとしたようであったが、あっさりと打ちあけた。
「連れのお人と見えたときに、通り名で呼びかけあってはったし、粕壁のお頭---というのんも耳にしましたよって、〔墓火〕のお頭のとこのお人やなあと---」

「その連れの男というのは---?」
またしても田口同心が口をはさむ。
「男はんてはゆうてはらしまへんえ。おなごはんどした」
「女賊---齢のころは?」
{40を3つか4つもすぎてはりましたやろか」

銕三郎が引きつぐ。
「石原橋からの帰り舟で着いたようでしたか?」
「いいえ。そのときは、舟は着いてえしまへん」
「では、蔵前通りから?」
「そないおもいました」
「その女性(にょしょう)ときたのは、初めて?」
「初回きりどした」

そのおんながなにかの職人ふうであったことがわかっただけで、銕三郎と田口同心はあきらめて、切りあげた。

渡し舟を対岸の石原橋の舟着きで降り、両国橋のほうへ幕府の竹蔵前の河岸道を歩きながら、銕三郎が、
田口さま。小浪どのは拙の大切な伏せ綱(ふせづな 間者)です。くれぐれも、他言はご無用にお願いしておきます」

ちぢみのように細かく波立っている大川の水面に視線を投げながら、
「心得ましたが、まさか、長谷川どののこれでは?」
田口同心が小指を立てた。
「とんでもない。あの人には、怖い後ろ楯がついています」
「ほう」
浅草、今戸をとりしきっている香具師の元締の〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 60歳)と告げた。
「人を殺(あやめ)ることなぞ、なんともおもっていない輩ですから、お気をつけください」


参照】2008年3月23日~[〔墓火(はかび)〕の秀五郎] () () () () (

参照】2008年3月19日~[菅沼摂津守虎常] (1) (2) (3) (4)



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