火盗改メ・中野監物清方(きよかた)(5)
役宅へ帰る同心・田口耕三(こうぞう 30歳)とは、日本橋南詰で別かれた。
田口同心は、〔福田屋〕が、奥さまへといって持たせた白粉〔千代の雪〕の包みをふりふり、一石橋のほうへ去った。
銕三郎(てつさぶろう 26歳)は、日本橋をわたり、先日、茶問屋〔万屋〕の主人・源右衛門といっしょにきた、浮世小路の蒲焼〔大坂屋〕の2階にあがった。
昼どきはとっくにすぎ、夕どきまで1刻(2時間)ほど間があり、店には客がいなかったが、銕三郎の顔をおぼえていた亭主が、こころえて小部屋をあてがってくれた。
「3丁目御箔町の白粉問屋〔福田屋〕の、化粧(けわい)指南のお宮(みや)という女性(にょしょう)に、この結び文をとどけてもらいたいのだが---」
銕三郎が差し出すと、亭主はそういう客の頼みごとには馴れたもので、にやりともしないで、下へ降りていった。
文には、
「手がすいていたら、うきよこうじ、かばやきの〔おおさか屋〕にいる。はせ川」
と書いた。
お宮(じつはお勝 かつ 30歳)が、どのていど字が読めるのか知らなかったからである。
4半刻(30分)も待たさないで、お勝がやってきた。
「きっと、お声がかかるとおもっておりました」
「店のほうは、いいのか?」
「そんなに長くはいられません。もし、お話が長びくようなら、あらためて、店が閉まってからでも---」
「いや。長くはかからない。蒲焼でも食べるか?」
「わたしは、お昼が遅かったので、遠慮しておきます。長谷川さまは、どうぞ」
下へ注文を通してから、
「どういうことなんだ?」
「どういうことといわれますと?」
「お前は、〔福田屋〕へ引き込みに入っていたんだろう?」
「そう、見えますか?」
「見え見えだ」
「どうしてですか?」
掛川城下の高級料理〔花鳥(かちょう)〕で〔福田屋〕文次郎に口説かれたが、返事をその場でしないで、半月か1ヶ月もかけたのは、お竜(りょう 32歳)や〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 初代 50がらみ)の指図待ちをしていたのであろ、と指摘すると、こっくりうなずいた。
「仕事が終わったのに、逃げないのは、どういう了見だ?」
「ちがうんです。〔福田屋〕のお盗(つとめ)は、〔狐火〕一味ではないのです」
「では、誰の?」
「それを調べるために、居座っているんですよ」
お勝が、声をひそめて言った。
銕三郎が納得がいかないという眸(め)でお勝を見据えると、
「ほんとうなんです。お竜おねさんも、そのことであれこれ、調べているんです」
「お竜どのは、いま、江戸か?」
お勝はまたもこっくりうなずき、
「長谷川さまが、お上にお竜おねさんを売るのでなければ、3日がうちにあわせてさしあげます」
「それは、会って委細をきいてからのことだ」
「そういうことだと、こちらも、お竜おねえさんの気持ち次第です。どこへ連絡(つなぎ)をつければいいですか?」
「そうだな。御厩河岸の茶店の〔小波〕では?」
「あそこは、お竜おねえさんが嫌がります」
「なぜだ? 小波(こなみ 30歳)も〔狐火〕のうさぎ人(にん)だろうに」
【参照】2008年10月23日~[うさぎ人(にん)・小浪] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
「一味のことではないんです。お竜おねえさん自身のこと---」
「なんだ、それ?」
「お分かりになっているくせに---」
「それでは、本所・二ノ橋北詰の軍鶏なべ〔五鉄〕の三次郎(さんじろう 22歳)なら、お竜どのもしっているはず」
「では、3日後の暮れ六ッ(午後6時)に---」
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