奈々の凄み(3)
こちら向きに眠りにはいっている奈々(なな 18歳)の裸の腰に上布をかけてやりながら、^平蔵(へいぞう 40歳)は、こうなった経緯(ゆくたて)をおもい返していた。
奈々の前の里貴(りき 逝年40歳)は縛られることが嫌いなおんなであった。
躰を締める着物の紐類も、帰るとすぺてかなぐり捨て、白い全裸で家のなかを歩きまわるのが好きだといっていた。
【参照】2010年1月19日~[三河町の御宿(みしゃく)稲荷脇] (1) (2)
世間の掟にも縛られたくないといい、妻の座にそれほどの執着を見せなかった。
もっとも、朝まで倶(とも)にできる機会(とき)は、ことのほか悦んだ。
23歳も若い奈々は、こだわらない性格---というか、自分をさらけだしてみせて好意を呼ぶ質(たち)といえた。
腰丈の閨衣(ねやい)の里貴との背比べの判定では、なんと、秘部に手の甲を当てさせ、股下の高さを測らせた。
【参照】2011年7月12日~[奈々という乙女] (4) (5)
父娘ほども齢が離れているのに、ふとした事故から、離れられない2人になってしまった。
背比べでいうと、あれから2年たらずのあいだに3寸(9cm)ものび、しかもそれがほとんど脚丈らしいことは、躰を接するたびに実感した。
太めになってきている平蔵の胴を、細まった足首をらくらくと交差させて締めるようになってきていた。
余分な脂身がついていない躰はよく撓(しな)った。
【参照】2011年8月30日[新しい命、消えた命] (2)
いや、離れられないのではなく、目を離せないほど幼いとおもいこんでいた。
それが、今宵の若年寄と2寺社奉行の接待ぶりに、とてつもない才能を秘めていることを見せつけられた。
人を楽しませる天性を授かっていたのであった。
日野宿への旅に、大物たちの宴の献立ことで、
「どうであろう、紀州の貴志村に伝わっている百済風の家庭料理は---?」
きっかけは暗示しておいた。
【参照】2010109[日野宿への旅] (1)
それを、府中宿での2泊から帰ってから2,3日のうちに、板場手伝いの百介(ももすけ 21歳)や貴志村育ちの座敷女中のむすめたちの意見をまとめて今宵の成功へもちこんだ手腕は、並みたいていのもではない。
生まれついての統率力というのか、創意の才というのか、とにかく18歳の鄙育ちとはおもえない。
(そういえば、月魄(つきしろ)のなつきようもただごとではなかった)
【参照】2011年10月4日~[奈々と月魄(つきしろ)] (1) (2) (3) (4)
(これまで訊いたことがなかったが、奈々の家系のこと、こんど、たしかめてみようかな)
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