奈々という乙女(4)
「ただいまぁ---」
湯屋から帰った奈々が玄関から声をかけた。
「ちょっと、お邪魔してええすか?」
「馴れさすなら、早いほうがいい」
平蔵(へいぞう 38歳)のつぶやきに肯首した里貴(りき 39歳)が、
「かまわないよ」
「あ、お酒---」
里貴の隣りに右ひざを立てて座りこんだ浴衣の奈々の歓声に、
「呑(い)けるのか?」
「うん。ちょっと---」
平蔵が自分の小茶碗に注いで差しだすと、
「いただきますぅ」
里貴にあいさつし、
「あ、里貴おばちゃんの浴衣、ええわぁ」
はしゃぎながら、一気に呑みほし、
「うちも着てみたい」
平蔵がたしなめた。
「奈々。紀州ことばはしばらくはしょうがないが、長谷川のおっちゃん、だけはなおしてくれ」
「どないに---?」
「そうだな。長谷川のおじさま、とでも---」
「うん」
里貴が立って押入れの中をさがしながら、
「奈々、も一つ。うん、もやめて---」
「--------?」
「あい---なら、おぼこくて、可愛げぇがあるかも」
「あい」
3人で笑いころげた。
「着古しだけど---}
里貴が1年ほど前に尾張町の〔恵比寿屋〕呉服店であつらえた黒っぽい腰丈の寝衣を手わたすと、 止めるまもなくその場で、平蔵のほうを正面したまま、素裸をさらし、羽織った。
甚平の上衣だけのような寝衣である。
どうかすると、尻が丸だしになる。
平蔵の視線は、いやでも太股へ走った。
無毛に近かったが、5分(1.5cm)ばかりの絹糸がまばらに伸びかかっていた。
「里貴おばちゃん、来てよ。脊比べ---」
里貴を並ばせ、
「長谷川のおっち---おじさま、どっちが高い?」
仕方なく平蔵も立ち、2人の頭へ掌をのせ、
「里貴のほうが7分(2cm)ほど、上かな」
「うぅうん、頭の高さと違ごて。脚の長さくらべや。村だと、うちらみんな、脚の長さ気にしてんのよ。股のつけ根からくらべてみて」
誘われた平蔵が仕方なく、2人の半開きした股ぐらへ手の甲をさしいれ、しっかり凝視、
「こっちは、奈々が1寸5分(4.5cm)ばかり、高い」
「うれしっ。うちのほうが小股がきれあがってんのやわあ」
「なんだ、その、小股がきれているとかいうのは---?」
「きれてんのと違ごて、きれあがっとんの。上方(かみがた)で胴より脚のほうが長いおんなのことを上つきゆうて上等なんやわ」
「上つき---?」
「しらんわ---」
【参照】20101222[医師・多紀(たき)元簡(もとやす)] (5)
「全身の丈は里貴、脚長は奈々---それぞれの勝者に酒をとらせよう」
平蔵がおどけて注いでやったが、里貴はうかない表情をしていた。
【ちゅうすけ補】「小股が切れあがった」について、過去、ちゅうすけのホームページに寄せられたコメント。
http://homepage1.nifty.com/shimizumon/board/waiwai/board_omasa.html おまさのところを飛ばしてお読みのほどを。
http://homepage1.nifty.com/shimizumon/board/index8.html
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コメント
奈々ちゃんって半大人、半少女の出現で、平蔵さんも里貴さんも混乱させられている情景が目にうかび、笑みが消えません。
います、います、小悪魔としか呼べないような大人をひっかきまわす小娘が。
投稿: tomo | 2011.07.12 05:40
>tomo さん
小悪魔もいいですが、コケティッシュというほうがあたっているかも。
でも、いやらしくなく、天真爛漫といった感じに描くのはむつかしい。
投稿: ちゅうすけ | 2011.07.12 16:22