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2011.07.14

奈々という乙女(6)

天明3年(1783)5月8日五ッ(午後8時)ちょっと前---。

半鐘が早鐘(はやがね)を打ちはじめた。

腰丈の寝衣で右膝を立てて呑んでいた里貴(りき 39歳)が、
「近いそう---」
つぶやき、盃代わりの小茶椀を置き、
奈々(なな 16歳)、2階から見てきて」
平蔵(へいぞう 38歳)も同時に立った。
奈々では、土地勘がおぼつかない」

2階で起居している奈々を先に上がらせた。
里貴ゆずりの腰丈の寝衣だけの真っ白い太腿が、平蔵の目の前でゆれた。
意識しているのであろう、奈々はわざとゆっくりの足運びにしていた。

2階は、明かりが消してあった。
西側の障子に映った薄紅の明かりが目じるしになった。

暗いのをいいことに、奈々平蔵の腕にすがった。

障子をあけ、たしかめた。
「大川べりの佐賀町あたりかな」
炎のほうを見たまま、
「お店は大丈夫やろか?」
「7丁(800m)は離れておるし、店とのあいだには 樹木の多い海福寺や心行寺といった寺々や、油堀川の支堀(えだぼり)もあるから、まず、大丈夫とおもうが---」

ちゅうすけ注】茶寮〔季四〕は冬木町寺裏という地名のごとく、油堀川の枝堀をはさんだ向うに、平蔵忠吾が好物にしている一本うどんの〔豊島屋〕が門前にある海福寺、文庫巻6[盗賊人相書]で住職が絵師・石田竹仙に肖像画を描かせた心行寺p218 新装版p228 などの寺院群がそれぞれの広い墓域をさらしている。

奈々が階段の降り口から下へ大声で、
「佐賀町あたりやってぇ。そんでも、おっちゃ---おじさまが、持ち出すもんをまとめておけってぇ---」

告げると、平蔵の横へきて右腕をかかえこみ、左の胸のふくらみへあてた、
「荷をまとめておけ、なんていってないぞ」
「そやけど、そのほうがええやん」
見あげるように瞶(み)つめる双眸(りょうめ)に、ちらりと紅炎が映った。

「悪い子だ」
「なら、お尻(いど)、たたいて---」
右手で腰丈の寝衣の裾をまくった。
暗い部屋の中に白い臀部(でんぶ)があらわになった。

「尻が風邪をひくぞ」
平蔵が裾をつまみ、そっとおろした。

「あ、おっ---おじさまの指、触った」
「触れてなんかいない」
里貴おばちゃんにいいつけようっと」
「いいかげんにしなさい」

くっくっと笑う奈々がすがりついた。

階段に足音がし、手提げ行灯をもった里貴が上がってきた。

奈々がすばやく離れ、ゆれていた大きな影が割れた。

「見て。炎がすごいの」
2人のぎこちない挙動を感じた里貴は、冷静に、
(てつ)さま。三ッ目通りのお屋敷でも、心配しておられましょう。とりあえず、ご帰館なされたほうがよろしいかと---}
「いや、そうはいくまい。屋敷には家士どもや総領の辰蔵(たつぞう 14歳)もいることだ。ぬかりはあるまい。しかし、ここは里貴と、ところ不馴れな奈々のみである。われが護ってやらなければ、ほかに護る者がいない」

寄りそった里貴が、平蔵の手をにぎりしめた。

「おじさまとおばゃんは、そういう仲やったんや」
奈々が、しみじみとつぶやいた。

ちゅうすけ注】この天明3年5月8日の火災を『武江年表』は、「深川邊大火」とのみ記している。
昭和32年(1957)と平成9年(1997)刊の『江東区史』はどちらも記録していない。昭和30年(1955)のガリ版刷り『江東区年表考』が『武江年表』をそっくり転写しているのみである。明治31年(1898)12月の『風俗画報』の「江戸の華」も記載してない。あとは消防博物館をあたるしかないか。

参照】2011年7月9日~[奈々という乙女] ()() () () () () () 

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