奈々という乙女(8)
「お、じ、さまは、元の主人のためゆうて、わが子の首さしだせる?」
奈々(なな 16歳)は、観てきた『菅原伝授手習鑑(すがはらでんじゅてならいかがみ)』の四段目の「寺子屋}の場に感動しきったらしい。
外題は、『忠臣蔵』と『勧進帳』ととも演(だ)せば満席はまちがいなしの「寺子屋」であった。
たいていの人は筋書きはこころえていよう、政敵・藤原時平によって配流された右大臣・菅原道真の子・菅秀才(7歳)へ難がおよぶ。
秀才をかくまっていたのは、道真の門下時代に不運があり、いまは寺子屋を開いていた武部源蔵である。
時平から秀才の首をさしだせといわれ、新しく入門してきた賢そうな子・小太郎の首で偽装した。
首検分にきたのは、元の同僚の松王丸であったが、なぜか小太郎の首を秀才と断じた。
じつは、小太郎は松王j丸の実子であった。
旧師・道真の恩義への報い、旧学友・源蔵への救いの手とはいえ、あまりにも残酷な所業といえる。
とりわけ、母性愛の強い観客は胸にこたえよう。、
ただ奈々は、、胸をつまらせただけでなく、忠と義のためなら自分の子の命を絶つことができるか---と平蔵(へいぞう 39歳)へ問うたのではなく、里貴(りき 39歳)のために命を賭けられるかと訊いていることはわかっていた。
里貴もそのことを察しているとおもった平蔵は、応えるかわりに、逆に訊いた。
「奈々は、丹生(にう)さくまのために命を賭けられたかな?」
返事に窮した奈々は、
「里貴おばちゃんのためやったら、賭けられるかもしれへん」
「本心であろうと信じておくが、その時になってそうできるかどうかは、奈々にも応えられまい」
「------」
「だから、さきほど奈々が訊いたような問いは軽々しく発してもいけないし、応えるべきではない。この世の中は、もっと上っ面の会話で障碍なくまわっておる」
里貴がことばを足した。
「とりわけ酒席での会話は、上っ面であればあるほど、気分がいいものなの。銕(てつ)さまのほんとうのお気持ちは、私の躰がお受けとめしています」
奈々が双眸(lりょうめ)を伏せてうなずいた。
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