奈々という乙女(3)
3日後の夜---。
「奈々(なな 16歳)の目に、江戸はどのように映ったかな?」
奈々のことが気になっていたが、そのそぶりはみせず、あたりさわりのない話題をだした。
「霖雨(りんう)ぎみの空模様だからでしょうか、お江戸は、なんだか暗っぽいようにおもえます。いつもこうなんでございましょうか?」
(さすが16歳の乙女、肌あたりの変化に敏感だな)
「いや、いつもの年のご府内はこうではない」
江戸から35,6里(140km)ほど北の、上州と信州との国ざかいに、つねに白煙を吐いている浅間山という山があり、何百年かおきに火を噴いてきておるが、今年あたりがどうもその年にあたっているらしく、灰の噴きだしが多くなっておる。そのせいで、江戸もその近辺も昼間でもそれとなく薄暗くおもえる。
平蔵の説明に、眉根を寄せた表情が少女のそれではなく、大人顔だと感じたが、2代目女将という大役をふられての大人ぶりかともおもった。
奈々をひとりで湯屋へ送りだすと、里貴(りき 39歳)はさっそくに腰丈けの紅花染めの寝衣に着替え、酒になった。
「奈々を生娘(きむすめ)とみるか」
里貴の目を訊いてみたいおもいを打ち消すのに、平蔵は苦労し、代わりに、
「里貴も16歳のときは奈々のように大人っぽかったか?」
「大人っぽい---?」
「その、肌の艶とか、乳房のふくらみとか---」
「内股の生えかげんもお訊きになりたいのですか? あの子の肌の青白さは貴志村のむすめのものですから、内股も私と同じでしょう」
「銭湯で、珍しがられなければよいが---」
「おかしな心配のなさりよう」
このころの銭湯は男女混浴であったから、湯文字をしたまま湯舟に浸(つ)かるむすめも少なくなかった。
「湯文字の替えももたせ、使いようも教えております」
「里貴も湯文字をつけて浸かっているのか?」
「私は朝風呂ですから、客はご隠居さんばかりです」
「それでも、見とれる爺ぃもいよう」
「妬いていただき、うれしゅうございます。こんど、行水のとき、湯文字でごいっしょいたしましょうか」
「それにはおよばぬ。それにしても、奈々、長湯だな」
「迎えにいっておやりになりますか?」
「里貴こそ、妬いているではないのか」
「ご冗談を。16歳の小むすめなどに妬きません」
寝間へ移る前のじゃれあいも、2人には前戯のたしかな一つであった。
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