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2011.07.10

奈々という乙女(2)

(こんなに純粋な乙女が、この世にいたのか!)
奈々(なな 16歳)に会ったとき、その澄みきった双眸(りょうめ)で瞶(み)つめられ、正直、平蔵(へいぞう 38歳)は動揺した。

顔こそ長旅ですこし赤くは日焼けしているが、袖口からこぼれた手首の奥の肌の白さは、出あったころの里貴(りき 39歳)にもまして透明で、うっかりさわると皮膚が裂けるのではとおもえるほどに帳りがあった。

参照里貴との出会い 2009年12月22日[夏目藤四郎信栄(のぶひさ)] (
2009年12月22日~[茶寮〔貴志〕のお里貴(りき) () (

立てた右ひざに両掌をそろえた志貴村ふうの正座で、頭をかるく下げ、
長谷川のおじさま。里貴伯母さまどうように、お引きまわしくださいませ」

里貴からちらりと平蔵へ返した瞳の流し方が色っぽく、とても16歳の乙女のものとはおもえなかった。

16歳の少女といえば、15年前、甲州街道の深大寺(しんだいじ)の茶店の前で出会った久栄(ひさえ)がそうであった。

参照】2008年9月8日[〔中畑(なかばたけ)〕のお竜] (

銕三郎(てつさぶろう)を名のっていたあの時の平蔵は23歳で、お芙佐(ふさ 25歳=その時)と阿記(あき 21歳=その時)との性的経験者としての目で久栄という処女(おとめ)を観たわけではないが、いまの奈々の色気とくらべると、久栄は未熟な童女だったといってよかった。

奈々は、ほんとうに未通の乙女であろうか?)
平蔵は疑念をおさえ、
奈々。われと里貴とのことは、存じておろうな」

笑いをふくんだ上目づかいで瞶(み)つめ返し、
「うん。仲ええと、はいてます」
色っぽい視線を、里貴へまた流した。

里貴おばちゃん、村へ帰ってからずっと、左隣に陰膳(かげぜん)置いて、食事中、話かけてると、村では評判やった」
「あ、奈々、なんてことを---」
里貴が顔を赤くそめてさえぎったが、遅かった。

「そやから、奈々も、長谷川のおっちゃんに会えるのん、楽しみやったです」

「これ、奈々。おぬしは、里貴おばの跡継ぎとして江戸へ参ったはず。いうなれば、里貴おばの養女のようなものだ」
「うん---。気ィに入らるようにやるりつもりでです」

里貴の仕事を存じおろう?」
「料理茶屋の女将さんと---」
「その、料理茶屋の女将の心得の第一は、見聞きしたことを洩らさないことである」

「うん---。里貴おばちゃん、堪忍や」
深ぶかと下げた頭をあげると、肩すくめ、小舌をちょろりとだしたところは16歳の乙女というより、10歳の少女のごとくであったが、平蔵の目には、それが男を意識した演技に見えた。


参照】2011年7月9日~[奈々という乙女] () () () () () () () 

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