〔相模〕の彦十(9)
彦十爺(と)っつぁんのことを、シリーズを一読したころは、狂言まわしの一人と読みすごしていた。
継母にうとまれて、家に寄りつかず、無頼な生活をしていた若いころの銕三郎(てつさぶろう)と、無類の手際で物語を盛り上げていく主人公の現在とをむすびつける、何人かの一人と見ていたもので。
何人か---おまさであり、〔五鉄〕の三次郎であり、〔笹や〕のお熊婆あさんであり、剣友の岸井左馬之助と井関録之助であり、表御番医・井上立泉(りゅうせん)であり、二本榎の細井彦右衛門であり---。
もちろん、銕三郎が火盗改メ・長官になってからの狂言まわし役は、ほかにもいる。同心・木村忠吾と細川峯太郎がそう。
しかし、鬼平の過去と現在をむすび、しかも狂言まわしの2役がつとめられるのは、彦十爺(と)っつぁんと、〔笹や〕のお熊婆あさんの2人---しかし、お熊の初出は、文庫巻7[寒月六間堀]だから、巻1[本所・桜屋敷]から顔を見せている爺(と)っつぁんには、はるかに及ばない。
そうおもいながらも、便利な使い走りを兼ねた狂言まわしという見方を永いあいだ、ふっきることができなかった。
文庫巻17長編[鬼火]での、こんな科白(せりふ)も軽く読みながしていた不明も、いまでは恥じている。
「まったくどうも、長谷川さまときたら、油断も隙(すき)もあったものじゃあねえ」
彦十は、おもわずぼやいて、
「これ、口をつつしまぬか」
佐嶋与力に叱られたものだ。
「ま、よいわ。この老爺(とつ)つぁんは、わいがむかしなじみゆえ、わしもちょいと頭があがらぬのじゃ」p129 新装版p132
文庫巻24[二人五郎蔵]で、鬼平が彦十に、
「---お前は、この平蔵の宝物(たからもの)だよ」p90 新装版p86
文庫24冊を何度も読み返していて、この感慨の真意におもいがいたった時、シリーズがすすむうちに、池波さんが彦十に与えている役割の重さを変えたことがわかってきた。
そうおもうと、文庫巻4[夜鷹殺し]の、鬼平のこんな会話にも、深い奥行きを感ずるのである。
「おれとお前とで、かたをつけてやろうじゃあねえか」
「てへっ----ほ、ほんとうなので?」
平蔵が片眼をつぶって見せ、
「むかしにもどってなあ」
「ありがてえ。かたじけねえ」
彦十は感激の極に達したようである。
平蔵もまた、こやつと酒をのんでいると、年甲斐もなく、若いころの自分になってしまい、ことばづかいまでむかしにもどってしまうのが、われながらふしぎであった。p280 新装版p294
これに類する科白や文章は、その気になって読んでいると、とてつもなく多くの篇で出会う。
要するに、彦十は、鬼平の青春の鏡的な存在になっていたのである。
青春のおもい出は、だれにとっても、ほろ苦く、ほの甘い。
そういう眼でシリーズを読んでいくと、鬼平には、少年時代のおもい出が書かれていない。
(当ブログに、お芙沙(ふさ)や阿記(あき)を配したいいわけのつもりはない)。
誕生と実母の死、そして、いきなり青年時代前期の継母との確執である。
これも、このシリーズの謎の一つといっておこう。
継母との確執が、史実上はありえなかったことは、これまで何度も証してきた。
その都度、小説は史実とはちがうのだから、池波さんの創作は創作として受けとめればいい---その上で、史実に基づいて空想を飛ばすのは、読み手の自由とことわってきた。
彦十の出生と少年期にも、史実はない。ないが、池波さんが創作した断片から、推察はできる。
この項の趣旨は、そういう次第と読みながしていただきたい。
【参照】[相模(さがみ)〕の彦十] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (10) (11) (12)
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