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2008.11.01

『甲陽軍鑑』

「『甲陽軍鑑』のおさらえ講の講中だったそうですね?」
あいさつを交わしおえたところで、銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)がきりだした。

_100(りょう 29歳)は、涼しげな瞳に笑みを添えて、
中畑(なかばたけ)村の庄左衛門さまをお訪ねになったそうですね」
その、深い渕のように澄んだ双眸は、視線を合わせた者のこころを吸いこむようであった。
肌は、青いといえるほどに透き通った白さであった。
(これは、まさに魔性のおんな。男だと腰が引ける。おなごなら、安心してよりかかるであろう)
銕三郎は、視線をそらさなかった。(歌麿 お竜のイメージ)

庄左衛門(しょうざえもん 55歳)は、甲州八代郡(やつしろこおり)、駿州への往還の中道ぞい、中畑村の村長(むらおさ)である。
銕三郎はこの春先に、甲府勤番士・本多作四郎玄刻(はるとき 38歳)の先導で、その村を訪ねた。
の生い立ちと、捨郷した理(ことわ)りを追うためであった。

参照】2008年9月7日~[〔中畑(なかばたけ)〕のお竜〕 (1) (2) (3) (4) (5)  (6)
とくに、(7) (8)

銕三郎は、巨盗の首領・〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 48歳)の手くぱりで、お(りょう)と対面している。
勇五郎は、〔蓑火(みのひ)の喜之助(きのすけ)と浅草・今戸一帯の香具師(やし)の元締・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう)との紛争の火種が、銕三郎の仲介(なかだち)で片づいたので、おとのつなぎを、〔小浪〕の女将・小浪(こなみ 29歳)にまかせて、上方へ去った。
とうぜん、〔瀬戸川(せとがわ)〕の源七(げんしち 52歳)もしたがった。

小浪は、なんと、対面の場所として、向島・三囲稲荷社の北側の料亭〔平岩〕を指定したのである。

_360
(向島・三囲稲荷北隣の料亭〔平岩〕 尾張屋板)

〔平岩〕には、おの相方・お(かつ 27歳)が座敷女中として引きこみにはいっていたが、銕三郎が、警告したため、〔蓑火きつねび)一味は、押しこみをあきらめ、おを引きあげさせた。

「おどのが、〔蓑火〕一味の軍者(ぐんしゃ)を退(ひ)いて、〔狐火〕のお頭のもとへお移りになるのは?」
それには答えず、おは、
「わたしに、『甲陽軍鑑』についての、どのようなことをお訊きになりたいのでしょう?」
「『軍鑑』には、軒猿(のきざる 忍びの者)たちのことは書かれておりませぬな」
「書き手の高坂弾正(だんじょう 昌信)さまの役目ではなかったからでしょう。あの者たちは、真田安房守昌幸 まさゆき)さまがとりしきっておられましたから---」

「『孫子』には、たしか、[用閒篇(間者の用い方)]がありましたな」
「ありました。機山(きざん 信玄の別の法名)さまもとくとお読みになっておられたとおもいますが、『軍鑑』は、弾正さまがお書きになったものですから---」

参照】2008年10月1日~[『孫子 用間篇』 (1) (2) (3)

_100_2「もとへ戻して、『軍鑑』からなにを学ばれましたか?」
「一つは、将たるものの器量、一つは、働きに対する褒章の公平。一つは、人の強弱、重軽、信不信の見分け方、一つは、10戦ったら、勝ちは3っでも多すぎる。要は負けないこと」
「戦策ではなかったのですか?」
「それは、いつも異なりますゆえ---」
あいかわらず、おの表情は静かなままである。(『甲陽軍鑑』ちくま学芸文庫 佐藤正英・校訂/訳 2006.12.10)

〔平岩〕の女将・お(おのぶ 45歳)があいさつに入ってきた。
長谷川さま。このたびは、たいそう、お気にかけていただいたそうで、危うく難を逃れることができました。お礼の申しあげようもありません」
「え? 拙がなにか---?」
「今戸橋の〔銀波楼〕のお(ちょう 51歳)女将さんから、教えられて、もう、驚くやら、安堵するやら---」
「いや。〔平岩〕どの。お手配なさったは、火盗改メ・本役のお頭・本多采女紀品 のりただ)さまです。お礼はあちらへ---」

「どうぞ、存分にお召しあがりください。せめて、お召しあがりいただくことで、万分の一ほどもお報いできればと---」
女将は、そう言って下がった。
も、つづいて、頭を下げた。
「お(かつ 27歳)が危なかったところを、お救いくださったこと、あらためてお礼を申しあげます」
「いや。それより、おどの。〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 48歳 初代))のお頭を、よくよく助(す)けてあげてください」
銕三郎は、ついつい、口にしてしまつた。
というところを、〔狐火〕に代えたのであった。

参照】2008年10月29日[〔うさぎ人(にん)・小浪(こなみ)] (7)


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コメント

『甲陽軍鑑』って面白そうですね。読んでみようかなって気持ちになりました。これも、ちゅうすけさんの筆の力ですね。
池波先生もお読みになったのでしょうね。

投稿: chanpon | 2008.11.02 06:00

>chanpon さん
『甲陽軍鑑』は、長い間、学会で「偽書」の扱いをうけていた冤罪を、小和田先生がひ雪いでいらっしゃいます。版元にも在庫があるみたいですから、お読みになるとか、お地元の図書館に買わせるとかなさつたらいかがでしょう。
値段は、629円(税別)です。
一人でも多く、『甲陽軍鑑』仲間が増えることとを、お竜も待っていましょう。

投稿: ちゅうすけ | 2008.11.02 11:09

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