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2005.11.11

〔井草(いぐさ)〕の為吉

『鬼平犯科帳』文庫巻16の冒頭に置かれている[影法師]で、浪人くずれの長坂万次郎と組んで、〔塩井戸(しおいど)〕の捨八(40歳)一味の盗金270余両を、手のこんだ芝居をうって横取りしたのが、同じ流れづとめの〔井草(いぐさ)〕の為吉である。
(参照: 浪人くずれ長坂万次郎の項)
(参照: 〔塩井戸〕の捨八の項)
その芝居とは、〔塩井戸〕一味が、中仙道・熊谷宿の料理屋〔棚田屋〕を襲ったとき、長坂浪人と為吉も仲間だったが、しんがりを捨八にまかせ、盗金を馬に乗せて先発し、上州・白石の村はずれの盗人宿へ向った。
そこで長坂浪人が3人を斬り殺し、為吉にも血が多くみえるように配慮した傷をおわせ、馬もろとも逃走。
遅れてやってきた捨八に、為吉は、長坂浪人と〔さむらい〕松五郎の仕業と偽ったのである。
(参照: 〔網掛(さむらい)〕の松五郎の項))
のち、為吉は、傷の保養に故郷の信州・小諸(こもろ)在へ帰っていった。

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年齢・容姿:どちらも記載がないが、捨八と長いつきあい、とあるから40歳前後であろうか。
生国:信濃(しなの)国佐久郡(さくこおり)小諸町のどこか(現・長野県小諸市のどこか)。
聖典に「故郷の信州・小諸在」とあるので上記としたが、小諸近辺にも長野県にも「井草」という地名は見あたらない。池波さんは、「小諸在」としてとき、どこの「井草」を頭に浮かべて為吉の「通り名(呼び名)」としたのだろう。
栃木県足利市井草町と、東京都杉並区に上、下井草がある。

探索の発端:〔湯屋谷(ゆやだに)〕の富右衛門一味にいた〔蛸坊主(たこぼうず)の五郎を、〔大滝〕の五郎蔵が密偵として推薦した。
(参照: 〔湯屋谷〕の富右衛門の項)
(参照: 〔蛸坊主〕の五郎の項)
(参照: 〔大滝〕の五郎蔵の項)
五郎は、たまたま神田橋門外の茶店で一服していたとき、〔井草〕の為吉を見かけた。〔湯屋谷〕のお頭が5年前に病死して以来、流れづとめをしている男である。尾行して、西神田・蝋燭町の旅籠〔井筒屋〕へ宿泊しているのと、麹町8丁目の菓子舗〔池田屋〕を見張っていることをつきとめた。

結末:為吉は菓子舗〔池田屋〕を見張っているところを、逮捕。死罪であろう。

つぷやき:この篇は、同心・木村忠吾が、〔さむらい松五郎〕こと〔網掛〕の松五郎に間違えられた、文庫巻14の[さむらい松五郎]の後日譚ともいえる物語である。
『鬼平犯科帳』がチェーン(連鎖)仕立てといわれる好サンプル篇である。

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