〔千歳(せんざい)〕のお豊(8)
「お竜(りょう)なら、どうしたろう?」
銕三郎(てつさぶろう 27歳 家督後の平蔵宣以 のぶため)は、天井にお竜の姿を描きながら、お竜の気持ちになって思案をつづけている。
ともすれば、睦みあったときの姿が浮かんでしまう。
(国芳『江戸錦吾妻文庫』改 イメージ)
(いかぬ。そのことではない)
「御所役人に閒者(かんじゃ 密偵)を入れるのは、早すぎましょう? 気づかれては元も子もありません」
お竜の声がそう言った。
「そうだな」
「そのことは、いっとう後でいいのです。それより、納入側の商人を探りましょう」
「どうすれば、商人が分かる?」
「それこそ、〔狐火(きつねび)〕のお頭(かしら)の商人顔をお使いなさいませ。商人仲間の付き合いを利用するのです」
(かたじけない。父上がご着任になるまでに、御所出入りの商舗を調べあげておこう)
いささか安堵したか、暁を告げる鶏声を耳にした銕三郎は、眠りにおちた。
そこで見た夢でも、お竜と睦んでいた。
(国芳『葉名伊嘉多』 イメージ)
しかも、寝言では、
「供養だぞ、お竜---」
いい気なものである。
若いから、仕方がない---ともいえる。
(許せ、いまは仏の、お竜------これは、ちゅうすけの詫び)
目覚めたのは、夕方近くであった。
初冬の夕暮れは、七ッ半(午後5時)前である。
女中が、結び文をわたしてくれた。
「さきほど、どこやらの小女はんがとどけてきやはりました。名ァはいわはらへんどした」
不審におもいつつほどくと、
をみなへし 佐紀(さき)沢のへ辺(へ)の 真葛ヶ原
いつかも繰りて 我が衣(ころも)がに着む
「なんだ---これは」
銕三郎は、和歌にうとい。
なんどか読みかえしているうちに、〔真葛ヶ原〕の鬼婆ァ---と悟った。
(〔千歳(せんざい)〕とかいったな。お豊(とよ 24歳)め。味なことを---)
眠気をはらうと自分にいい訳した銕三郎の足は、白川ぞいを南に、真葛ヶ原にむいていた。
〔千歳〕は、板戸が半分しまっていたが、灯はともっていた。
「よろしいかな」
銕三郎の顔をみたお豊が、
「やはり、来てくださいました」
そのくせ、寄ってはこず、じっと銕三郎を瞔(みつめ)ている。
「どうかしたかな。拙が〔真葛ヶ原〕の狐に見えますかな?」
「うしろを見せて、尻尾をたしかめさせてくださいな」
銕三郎がうしろを向き、尻をつきだすと、
その尻を袴(はかま)の上から手のひらでなぜ、
「たしかに、銕三郎さまです。どうぞ、お掛けくださいな」
飯台につく前に、銕三郎も左手でお豊の肩をつかみ、右掌(たなごころ)を顔の前でいくどか振り、
「このおんな、たしかに、真葛ヶ原の婆ァ---ではない」
笑いがおさまったところで、問いかけた。
「拙が〔津国屋〕へ宿をとっていることが、どうしてわかったのかな?」
「せんに、おっしゃいました」
「そうだったかな?」
「ええ、おっしゃいましたとも。で、昨日もお待ちしていましたのに、お出かけくださらなかったので、出すぎたことを---とおもいましたが---」
悪い気はしなかった。
懐から、お豊からの文を出し、
「これかな?」
「お分かりになりました?」
「なにが---?」
「いつかも繰りて、我が衣(ころも)がに着(き)む---」
「とんと---」
「『万葉』でございます」
「ふむ」
「樹皮を剥いて、糸につくり、織って、まとう」
「拙を、か?」
お豊が嫣然(えんぜん)と微笑み、
「おささを用意してきます」
立って、奥へ消えた。
【参照】2009年7月20日~[千歳(せんざい)のお豊] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (9) (10) (11)
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コメント
をみなへし さき沢のへの 真葛ヶ原
いつかも繰りて わが衣に着む
頭に真葛ヶ原となく、索引にもないのに、うまくお見つけになりましたね。
学識に脱帽。
それにしてもも、お豊さんも、お竜さんに負けない教養人です。銕三郎さんには、そういう女の人ばかり寄ってくるのかしら。
亡くなった亜記も鴫立沢の短歌をご存じでした。
投稿: tomo | 2009.07.27 05:57
>tomo さん
お豊さんは、武士のむすめです。母親は早くになくなったようですが、それでも、おさないころ、そういう耳おぼえで和歌をしり、15,
6まで、〔虫栗〕の女房に教育されたのではないでしょうか。浜松そだちだから、そういう素養もあったのでは---。
阿記も、湯元の娘として才色兼備でないと、箱根小町に選ばれませんでしょう。
僕自身は、恥ずかしながら、和歌の素養はありません。
投稿: ちゅうすけ | 2009.07.27 08:55