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2010.05.17

浅野大学長貞(ながさだ)の憂鬱

(今夕、話を聞いてもらいたい。 (だい))
本丸・小姓組に仕えている同朋(どうぼう 茶坊主)が封書をとどけてきた。
の署名は、盟友の浅野大学長貞(ながさだ 29歳 500石)である。

(大手門前で七ッ(午後4時)過ぎに待っている。それでよければ返書は無用。(てつ))
小粒をそえて、返書を託した。

他聞をはばかる話と察し、里貴(りき 31歳)との仲が発覚(バレ)ても、大学のことだから、軽はずみには吹聴すまいと読み、供の松造(まつぞう )を〔貴志〕へ部屋どりに行かせた。

それよりも、大学の話である。
内室の於四賀(しが 24歳)は、内藤主計信安(のぶやす 享年66歳=宝暦7年)のニ女と聞いており、たしか、嫁(か)して5年目にして、さきごろみごもったと、大学が嬉しそうにささやいたから、夫婦のあいだのことではあるまい。

が、他家のことを案じてもはじまらない。
会ってから思慮しても遅くはあるまい。

そう割り切ったつもりであったが、午後いっぱい、落ちつかなかった。

浅野の家柄がそうおもわせるのかもしれなかった。
浅野家は、城中・松の廊下で刃傷事件をおこし、赤穂藩を取り潰された内匠頭長矩(ながのり 35歳)の弟・大学(31歳)に発していた。

長矩に切腹の断がくだされるとともに、播州赤穂郡内で新しく開拓した新田の中から3000石を分与されていた弟・大学長広(ながひろ 寄合)も領地を召し上げられて閉門、祖家の芸州37万6000石・松平安芸守綱長(つななが 43歳=元禄15年)へお預けとなった。
のち、許されて江戸へ呼ばれ、500石を給されて幕臣とした立った。

長貞は4代目だが、世代でいうと、兄から家督しているので3世代目である。
3世代目は、6男3女の9人兄弟(うち、長子は早世)。

参照】兄・長延(ながのぶ 40歳)と長貞個人譜

茶寮〔貴志〕で、
大学と内密の話があるが---」
それだけで里貴が、いつもと違う、茶室づくりの小部屋へみちびいた。

茶か、酒か---とだけたしかめ、酒と焼き雀をおくと、さっと引き下がった。
(てつ)。たいそうな顔なんだな」
以心伝心ぶりに、大学もおどろいたようであったが、田沼(主殿頭意次 おきつぐ 57歳 老中)の名を告げると、納得した。

盃にちょっと口をつけただけでいかにも大学らしく、すぐに本題にはいった。

大学には、2人の舎弟と3人の妹がいる。

すぐ下の弟・周五郎(しゅうごろう 25歳)は、まだ養子先がきまらず、厄介をつづけている。
というのも、幼いときに患った疱瘡(ほうそう)で、顔にあとがのこっているせいかもしれない。
もちろん、大学とは母親が異なる。

次弟・政八郎長照(ながてる 25歳)が兄と同歳なのは、もちろん、母親が別だからであった。
こちらは、5年前に長谷川藤太郎長孝(ながたか 53歳=明和7年 50石 納戸番与頭)の養子となり、そのむすめを妻としている。

3人のむすめの一番上の於喜和(きわ 24歳)は、16歳で曲渕与左衛門信喜(のぶよし 31歳 500石 小姓組番士)に嫁いだ、その年の11月に夫が急死した。
曲渕家では、ただちに、信喜の父の弟---つまり、於喜和にとっては叔父にあたる源四郎信門(のぶかど 19歳)を末期養子として届け、於喜和をその妻になるように説得した。
源四郎もそれをのぞみ、初七日が終わらないうちに寝間へ押しかけてきた。

「仮とはいえ、母子の間がらですぞ」
喜和は肯(かえん)じなかった。

家督していた大学の兄・長延(ながのぶ 31歳=当時)は、進物の役を返上し、曲渕家に於喜和を引き取るとかけあった。
喜和は、16歳で嫁(か)し、その齢に後家として実家へ戻ったことになる。

(てつ)。いつだったか、おぬしが初めて男になったのは、19歳とか言っていたな?」
「14歳だ」

参照】2007年7月16日[仮(かりそめ)の母・お芙佐(ふさ)]

「それは、それは---。19歳のときというのは?」
「つまらないことを、しゃぺ゛らすな」
「そうだな。源四郎が19歳で、於喜和の寝床へ入ろうとしてというので、つい---許せ」

平蔵が、箱根の芦ノ湯で阿記(あき 21歳)と睦んだのは、たしかに19歳のときであった。

参照】2008年1月1日~[与詩(よし)を迎に] (12) (13) (14) (15) (41

「おれがことはどうでも、いい。相談事とはなになのだ」
「どうすればいいか、考えあぐたすえだ。なら名案があろうとおもってな」
「だから、それを早く言え」
「於喜和に、男ができた」
「いちど男をおぼえたおんなは、躰が保つものではないという。できて当然だ」
「それが---」
「うん?」
「男というのは、弟なのだよ」
「なにっ! いま、なんと言った?」

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