〔殿(との)さま〕栄五郎(6)
数日後。
京都では、〔蓑火(みのひ)〕の喜之助(きのすけ 55歳)が、持ち家の五条大橋東詰jの宿屋〔藤や〕の地下に設けられた秘密の部屋で、2人の男と、しきりに首をひねりながら話しこんでいた。
(五条大橋 〔藤や〕は橋の手前なので描かれていない。
『都名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)
手には、浦和宿の旅籠〔蓑や〕に陣どって江戸での仕事(おつとめ)を仕切っている〔五井(ごい)〕の亀吉(かめきち 38歳)から送られてきた[読みうり]があった。
いうまでもなく、[読みうり]は、〔耳より〕の紋次(もんじ 33歳)の手になったものである。
「〔大滝(おおたき)〕の。〔五井〕のが、わざわざの仕立て飛脚(したてびきゃく)でよこしたこの江府の読みうりなんだよ。うちの者たちがやってもいない薬研堀の料亭〔草加屋〕の仕事(おつとめ)を、火盗改メは〔蓑火〕の仕業と断じている。どういうことだとおもう?」
自分では分かっていても、一応は、主だった幹部の存念を訊いてみるのが、喜之助のやり方であった。
身の丈6尺(180cm)はあろうかという大男の〔大滝〕の五郎蔵(ごろうぞう 39歳)は、問われて腕組みをとき、
「お頭の[お慈悲の六分・七分盗法]は、盗人(つとめにん)仲間の手本になっております。もっとも、きちんと真似る奴ぁいやしませんが---。しかし、真似られちまえば、〔蓑火〕が濡れ衣を着ることになるのは、いたし方がございません」
【ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』で、〔蓑火〕の喜之助の下で、小頭として腕を磨いてきていた〔大滝〕の五郎蔵と〔五井〕の亀吉が、「ならびお頭」となって組んだのは〔草加屋〕事件のあとであろうか。
喜之助がもう一人の男に視線を向けた。
喜之助と同郷の軍者(ぐんしゃ 軍師)・〔神畑(かばたけ)〕の田兵衛(でんべえ 48歳)は、五郎蔵からまわされた[読みうり]の595両の数字をさし、
「お頭。おかしいじゃありませんか。なんぼ[お慈悲の六分・七分盗法]とはいえ、うちの連中なら、算盤をはじきでもしたみてえに、七分きっちりにやるはずがねえ。有り金が850両とふんだら、550両とか600両とかの区切りのいいところで見切ります」
「そのとおり」
喜之助が、不機嫌顔でうなずいた。
【参照】2008年8月29日~[〔蓑火(みのひ)のお頭] (1) (2) (3) (4) (5) (6)
2008年10月26日~[うさぎ人(にん)・小浪] (3) (4) (5)
「気にくわねえのは、押し入りの時刻が五ッ半(午後9時)前だったってことです。世間がまだ眠りこけてはいないこんな時刻に盗(みおつとめ)をする、間抜けた仕事人(つとめにん)なんざぁ、聞いたことがねえ。〔大滝〕のの尻馬にのっていわせてもらいます。岩(いわ)の奴が賊を引き入れたって書いてありますが、30年からこの仕事をしてきている岩が、つなぎ(連絡)もしているえ押しこみや、うちの者とそうでない者を間違えるようなドジをふむわけはありません」
「引きこんだ途端に、どうかされたんだろうよ」
〔神畑〕の田兵衛としては、〔殿(との)さま〕栄五郎(えいごろう 30代半ば)が重用されているのが、気にいらなかったから、さらに、
「去年、いわれもなくくドジった岩を、また使ったのは?」
訊かなくてもいいことまで口にした。
さすがに〔大滝〕の五郎蔵がとりなし顔で、
「死んだ子の齢は数えないものだ」
〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(りょう 享年33歳)を手ばなしたことへのあてこすりを、暗にたしなめた。
五郎蔵のこの台詞を聞いたら、平蔵(へいぞう 31歳)は苦笑したろう。
「だれがなんのために、2度もこちらの手のうちを読んで邪魔したのだろう?」
田兵衛をさとすように、〔蓑火〕が、
「江戸のたまり宿と、浦和の〔蓑や〕にいる〔五井〕のに、当分、江戸での仕事(おつとめ)はひかえるように、仕立て飛脚を立てておくれ」
手配を命じたものの、〔蓑火〕の喜之助の疑心暗鬼はとめどもなくつづいた。
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コメント
そうかあ、蓑火の京都の藤やへご注進って筋書きがありました。
喜之助お頭がどうなさるかも、興味津津。
投稿: tomo | 2010.07.05 11:45
>tomo さん
はい。浦和宿の〔藤や〕を預かっている〔五井〕の亀吉とすれば、とうぜん、本拠地・京都の旅籠〔藤や〕にいる〔蓑火〕の喜之助へ報告しないといけませんね。
喜之助お頭がどんな指示をだすかも思案のしどころです。なにせ、当時の盗賊界きってのお頭ですし、〔大滝〕の五郎蔵どん、軍者〔神畑〕の田兵衛どんもついていることですし。
いよいよ、むつかしい筋書きになってきました。
投稿: ちゅうすけ | 2010.07.05 12:58