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2010.12.29

浅野家の妹・喜和

「お相ぇ手をしておるのは、あっしがとこの若ぇ者(の)の、喜多郎(きたろう 18歳)って奴でして---まことに面目しでぇもございやせん」
双手をついた〔般若(はんにゃ)〕の猪兵衛(ゐへえ 33歳)が、額を畳にすりつけるほどにして謝った。

猪兵衛は、香具師(やし)の元締である。
上野山下から広小路、筋違橋北詰までを縄ばりにしていた。
ところは、湯島天神の男坂下の料亭〔松金屋〕の離れ座敷であった。

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(料亭〔松金屋〕 湯島天神・男坂下)

般若〕の元締の本宅のある三組坂下の同朋j町は、この男坂下から1丁と離れてはいない。
この店にしたのは、湯島天神の集会室を、〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 54歳)の内儀・お多美(たみ 39歳)が化粧師(けわいし)の稽古場に借りてい、ときどきここでおいしいもの会をひらいているからであろう。
猪兵衛のおんなのお(しな 32歳)が、髪結いの師匠格で手伝っていた。


「元締どん、顔をおあげなさい。おんなと男のあいだの出事(でごと 情事)に、配下とかお頭とかは、きこえないことで---」
平蔵(へいぞう 35歳)も、途方にくれて吐いた。

盟友の一人で本丸の小姓組に出仕している浅野大学長貞(ながさだ 34歳)の寡婦となって戻ってきていた妹・於喜和(きわ 30歳)をめぐる事件のことであった。

参照】2010年5月17日~[浅野大学長貞(ながさだ)の憂鬱] () () (

6年前、於喜和が、母ちがいの兄と関係をもった。

喜和は、平蔵がほかのことで猪兵衛に手配をしてもらっていた妻恋稲荷社の脇のしもた家で一人暮らしをするため、浅野家の市ヶ谷牛小屋跡の屋敷をでた。

猪兵衛からは前々、於喜和のことで相談がある---とはささやかれていたが、前払いの家賃がきれているだろうぐらいにかんぐり、いつでも始末がつくとたかをくくり、目前の用事にかまけてきた。

「3年前からだとわかりました」

3年前の夏、於喜和から、竈(かまど)の焚き口の加減がおかしいといってきたので、当時15歳だった喜多郎をやった。

喜和は、行水をしてい、焚き口を見る前に背中を流してくれと誘った。
「濡れるから、脱いで流して---」
喜多郎は下帯まではずされた。

喜多郎は15歳とはいえ、稼業がら、もちろん、おんなは初めてではなかった。
般若〕のシマ内には、岡場所はいくつもあった。
初経験は、その中の一つ---下谷j町2丁目の俗に提灯店(ちょうちんだな)の娼家で〔けころ〕が相手であった。

ちゅうすけ注】下谷の岡場所の一つであった提灯店は、聖典巻6[猫じゃにしの女]に初登場した。
「ちょうちんだな」の由来は、かつてあたりにが「生池院(しょうちいん)」の持ち地であり、それがなまったのだとの説が強い。

「<喜>の字つながりなの。前世からこうなるって、きまっていたの」
耳元で甘くささやかれ、喜多郎は単純に信じたし、娼婦(くろうと)でなく、れっきとしたて武家の女性を抱き、よろこばせている自分の格があがったようにおもえた。

骨がないみたいに包むようにまとわりついてくる27歳の熟れきった於喜和の女躰を、喜多郎は離れがたくなった。

「いや。18歳では、30おんなの方が離すまい」
銕三郎(てつさぶろう)時代にぐうぜんに知りあった人妻・阿記(あき)は21歳、こちらは18歳---飽きるということがなかった数日間であった。

参照】2007年12月31日~[与詩(よし)を迎えに] () (12) (13) (14) (15) (26) (27) (28) (41

(男とおんなのあいだがらは、そのときは無上のものでも、歳月を経ると、淡い思い出でしかない。里貴(りき 36歳)とのあいだもそうなるのであろうか---)
平蔵が首をふった。


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コメント

於喜和さんの立場もよくわかります。婚家で夫を失ったのは20代前半、実家へ戻されたら、養子に縁遠い異腹兄に同情してしまった。
結果は、家を出されての独りきりの生活。
性体験十分の30女です、一人寝でおさまるわけはありません。
ちょっとしたきっかけで、関係ができてしまって当たり前です。
再婚の相手を探さなかった兄・大學さんの手抜かりです。
しっかりして、大學さん。

投稿: kayo | 2010.12.29 05:39

>kayo さん
情事の話題はむつしいですね。
しかし、実社会では頻発しており、それによって起きるもつれや事件が絶えません。
このブログは、小説『鬼平犯科帳』に平蔵が火盗改メの長官として登場すねまで少・青・壮年期のイタ・セクスリアスと、人生上でかかわった人びとの採録を目指しています。
ですから、前者については濡れ場もときとしてでてき、秘画も公序で許され範囲内で掲出をこころみています(電子ブック化の時にはある程度の抑制はかかりましょうね)。
もし、枠をはみだしているとお思いのときは、ムチをふるってください。

於喜和の性的な悩みの解決については、いずれ、平さんから大さんへ、いい解決法を授けさせましょう。

投稿: ちゅうすけ | 2010.12.29 07:45

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