〔笹や〕のお熊(その4)
えもいわれぬ微笑で見つめたお熊(くま 43歳)は、いきなり、湯文字を取りすてると、銕三郎(てつさぶろう 20歳)にむしゃぶりついてきた。
「長谷川の若よぉ。久しぶりなんだよう。味をみておくれ」
息が酒くさい。
(国芳『逢悦弥誠』部分 イメージ)
「お熊どの。お待ちください。拙の支度ができておりませぬ」
「支度なら、あっちの部屋に敷いてあるよう」
(どう、切りぬければ、お熊どのに恥をかかさないですまされるか)
銕三郎が考えていたのは、そればかりであった。
お熊は、抱きしめた手をゆるめない。
40女の脂肪ぶとりした重い躰が、銕三郎の動きを奪っている。
「お熊どの。拙も飲まないと、恥ずかしい」
「女と男がすることに、恥ずかしいことなど、あるものか」
「拙は、経験がない。恥ずかし」
「筆おろしなのかい。法悦々々。うれしいねぇ」
「じゃ、飲もう。それから、いろはの書き方を、腰でたっぷりと教えてやる」
お熊は、素裸のまま、隣の部屋で、酒をととのえはじめた。
足元がそうとうにふらついている。
『鬼平犯科帳』でのお熊は、70歳を超えており、傘の骨みたいに脂肪が抜けたしなびた躰つきとなっているが、この時は43歳の姥桜(うばざくら)である。みっしりと肉(しし)置きがあり、汁っけも十分。
ものの本によると、「姥桜」とは、歯(葉)のない老女にかけたとも、盛りをすぎても魅力が失せていない女とも、ある。お熊は、後者ということにしておこう。
2人は、のべられている寝床の脇で、呑みはじめた。
銕三郎は、裸のままであぐらをかいているお熊の下腹の茂みを、なるべく見ないようにしながら、言った。
「お熊どの。口うつしで飲ませてあげましょうか」
「おお、口をあわせてくれるのかい」
銕三郎は、いっぱいにふくんで、お熊の口へ移す。
3回ほどもそうしているうちに、銕三郎は酔いをおぼえ、困ったことに---と、一瞬、あきらめ、阿記(あき 23歳 お嘉根(かね)の母)に(すまぬ)とつぶやいた。
【参照】2008年3月19日~[お嘉根という女の子] (1) (2) (3) (4)
2008年4月11日~[妙の見た阿記] (1) (2) (3) (4) (5)
「わか、なんか、ゆうた、---かえ?」
「いや」
「そろ---そろ、い・ろ・は---書いて---みよう---よ。 おい---で、初---筆---の---わ---か」
ごろり布団に躰を投げたとおもうと、はだかのまま太股をおっぴろげ、大の字になったお熊は、いびきをかきはじめたのである。
そして、夢うつつの中で銕三郎の口を吸っているのか、唇が風にそよぐ花びらのように微妙にふるえる。そのたびに、唇の両端の小皺がでたり消えたり---。
(国芳『葉奈伊嘉多』[口絵] イメージ)
銕三郎は、上布団をよそってやり、酔いがまわった手で酒器を流しへはこぶと、隣の部屋で床をのべたとたんに倒れこみ、衣服も脱がずに眠ってしまった。
【参考】2008年4月20日~[〔笹や〕のお熊] (1) (2) (3)
翌朝---。
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