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2008.04.22

〔笹や〕のお熊(その3)

「お(くま)女将(おかみ 43歳)どの。その2人がこの茶店に来たことは、他の誰にも話してはなりませぬ。もし、2人の耳にそのことがはいると、女将どのの身によくないことがふりかかってくるやもしれませぬ」
銕三郎(てつさぶろう 20歳 のちの鬼平)は、〔笹や〕のおの口達者に危険を感じたのである。知恵者〔舟形(ふながた)〕の宗平のことだ、どこに手をうっているか、知れたものではない。

「亭主がおっ死(ち)んじまったから、もう、怖いものはないし、見てのとおりの貧乏茶店だから、盗(と)られて惜しいものはなんにもないけど、長谷川の若が、せっかく言ってくれるんだから、口に錠をかけとくよ」

(しかし、蛙(かわず)の面(つら)つきをした30男を解き放したらしいところが、どうも解(げ)せない)

茶代を、〔風速(かざはや)〕の権七が払おうとすると、おが断った。
長谷川の若と知り合えたんだから、きょうのところは、貰わなくて、いいよ」
「それでは、あんまり---」
「なに、いいんだよ。ところで、長谷川の若よ。ヤットウの腕は、どうだね?」
「出村町の道場で稽古しております」
「強いのかね?」
「まあ---」
「どうだろう、2人組からの悪だくらみが消えるまで、このおさんの用心棒に雇われてくれないかね?」
「用心棒といいますと?」
「昼間は、見たとおりに人通りが多いから襲ってはこれまい。夜、泊まりこんでくれるわけにはいかないかね?」

そういう次第で、半月ほど、銕三郎は〔笹や〕から高杉道場と学而塾へ通うことになった。
は、若い男と差し向かいで食事ができるので、
「お(ささ)がすすむよ」
と、よろこんだ。
しかし、家では晩酌の習慣のない銕三郎は、さっさと食事をすまして、奥の部屋でお目見(めみえ)の予審のための下読みにとりかかる。

参照】お目見(みえ)のための予審 2008年4月17日[十如是] (2)

武事(ぶじ)あるものは必ず文備(ぶんそなえ)あり(司馬遷『史記』)
軍備だけでは片手落ちというもので、学問にも通じておかねばならない。

耳が痛い。
そんなとき、本多侍従(じじゅう)正珍(まさよし 56歳 駿州・田中藩 4万石 前藩主)のところで会った、善立寺(ぜんりゅうじ)の日顕(にっけん)から教わった十如是(じゅうにょぜ)を反芻(はんすう)する。

如是相(にょぜそう)---表から見える相
如是性(にょぜしょう)--内がわの本性
如是体(にょぜたい)---相や性をあらわす本体
如是力(にょぜりき)---動作としてあらわすための力
如是作(にょぜさ)-----あらわされた動作
如是因(にょぜいん)---そうなるための原因
如是縁(にょぜえん)---因を補う条件
如是果(にょぜか)----そうなった結果
如是報(にょぜほう)---その結果の後日
如是本末究竟等(にょぜほんまつくきょうとう)
            ---その結果の実相

参照】2008年4月16日~[十如是] (1) (2) (3) (4)

蛙(かわず)の面つきの男は、別の一味から借りた者らしい。
その男を帰したということは?

一つには、つぎの仕事は、〔古都舞喜(ことぶき)楼での成果が少なかったために、配下から不満が出そうなので、その埋め合わせの補金だから、人数はできるだけ少ないほうが、分け前が多くなる。

それなら、首魁の〔初鹿野(はじかの)〕の音松が、つぎの支度金を取らなければ、あるいは〔舟形(ふながた)〕の宗平も、自分たち首脳陣が取り分を差し控えれば、多く分けられる。
が、一度でもそうした別の配分の例をつくってしまうと、あとあと、押さえがきかなくならないだろうか。

も一つ考えられるのは、人手が少なくても、十分にまかなえる先を襲う。
ということは、襲う先に寝泊りしている人数が少ないところとなろうか。とりわけ、男手が---。

その一軒に、鼈甲櫛笄の〔加納屋〕を置いてみた。
〔加納屋〕なら、両国広小路に面した米沢町だから、辻番所の前を通らなくても---いや、待て。盗賊たちは、森下町の長慶寺や入谷(いりや)の正洞院の隠れ家を引きはらっている。とすると、両国橋をわたるとはきまっていない。

のこされている手がかりは、水油の匂いだけだ。

参照】2008年3月31日~[〔初鹿野〕の音松] (1)  (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)

その時であった。
銕三郎が寝泊りしている部屋の襖が開き、湯文字一つのおが入ってきたのは---。

参照】『鬼平犯科帳』巻7[寒月六間堀]p217 新装版p228
巻10[お熊と茂平]p262 新装版p275

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(国芳『華古与見』部分 イメージ)


【参考】2008年4月20日~[〔笹や〕のお熊] (1) (2)

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