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2010.06.11

小料理〔蓮の葉〕のお蓮(6)

七ッ(午前4時)ともなると、白みはじめる季節であった。
蒸すからと、裏庭に面した雨戸を引かなかったので、障子をとおして寝部屋も、ものの形がうっすらと見分けがつくようなってきていた。

目ざめた平蔵(へいぞう 30歳)は厠(かわや)へも立たないで、寝息をたてている里貴(りき 31歳)の、生来の白い肌ながら下瞼(まぶた)がかすかに青みをおびているのに、
(毎日の客商売はもやはり疲れるのであろうな)
おもいやりながら、また、脈絡もなく、同じ齢ごろのお(はす 30歳)の寝顔を、〔蓮沼(はすぬま〕の)市兵衛(いちべえ 50歳すぎ)も、こうして瞶(みつめ)ているのであろうか?)

連想をたちきりると、里貴の露出していた白い下腹の裾をあわせてやった。
なにしろ、裾丈が短かすぎた浴衣であった。
その動きを感じたらしく薄目をあけ、腕をのばして抱きついてきた。
「まだ、早い。眠るがいい」
「なん刻(どき)?」
上にのしかかってき、
「うれしい。いっしょに眠れたのですもの」
茂みが、男をなぶった。

「厠だ」
平蔵がすますと、入れちがいに里貴が使った。

また、上にかぶさり、舌をさし入れ、腰を微妙にゆすりはじめた。
「行水の盥(たらい)は、あのままか?」
「はい」
すでにそのように整っているところへ、するりとみちびき入れた。

辻番所では、
西丸・書院番、水谷(みずのや)組の長谷川平蔵、宿直(とのい)なれど、急用の出来(しゅったい)につき、三ッ目通りの屋敷へ急いでおる」
それで、すんだのは、六ッ(午前6時)が近く、朝日がのぼりかけていたからであろう。
ただ一つの辻番所だけが、武鑑で番頭の水谷出羽守勝久(かつひさ 53歳)を確認し、
水谷どのの家禄は?」
「3500石でござる」
通された。

堀留の荒布(あらめ)橋の手前で、石(こく)町のも鐘が六ッ(午前6時)を打った。

着替えて、やっと、出仕がは果たせた。
(探索仕事は、出仕しているあいだは、幕引きだな)

下城の途次に、黒船橋北詰の駕篭屋〔箱根屋〕の権七(ごんしち 43歳)のところに立ち寄った。
蓮沼〕の市兵衛の探索を打ち切ることを告げるためであった。

さんは、ずっと昔、箱根で働いていたから、富士山の異称が蓮岳(はすだけ)だということくらいは承知だとおもうたが、〔蓮沼はすぬま)〕の市兵衛は蝋燭問屋〔不二屋〕と名乗って、さるところからおを退(ひ)かせ、〔蓮の葉〕を開かせたらしい」
(てつ)っつぁんは、おの前身をご存じだったのでやすね」
「前にもいったとおり。ちょっとな---」
「当ててみやしょうか?」
「ほう---」
岸井(左馬之助(さまのすけ 30歳)さまがらみ---」

参照】2008年10月18日[〔橘屋〕のお雪] (

「会ったことがあったかな?」
忠助どんの店で、ごいっしょのところを、ちらっと---」
「いつごろ?」
っつぁんが京都へおいでのあいだ---岸井さまが臼井へお帰りになる前に」
「ということは、おが〔蓮の葉〕を開いたころだ」
「そうなりやすか」
さんも人が悪い。それを知っていて〔蓮の葉〕の客になったのだから--」
「知り合いの色恋には、目をつむることにしておりやす」
「あっ、ははは」
「は、ははは」

「そういうことだから、〔蓮沼〕の市兵衛の探索は打ち切りたい」
岸井さまへの友情のために--?」
「いや。〔蓮沼〕のの仕事(つとめ)ぶりに、いささか惚れたということにしておいてくれ」
「よろしいんでやすか、お上に---」
「黙っておれば、わかるまい」
「承知いたしやしたが、おさんにはひっかかりになりやせんように---」
「こころえておる。左馬(さま)と義兄弟になるのは本意でないし、盗賊の持物を盗むのは一度で懲(こ)りている」
「きっとでやすよ」

中畑(なかばたけ)〕のお(りょう 享年33歳)は、〔蓑火(みのひ)〕や〔狐火(きつねび)〕の配下ではあったが、持物ではなかった。

参照】2008年11月17日[宣雄の同僚・先手組頭] (
2008年11月25日[屋根船

参照】2010年6月5日~[小料理〔蓮の葉〕のお蓮] () () () () (

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