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2010.10.28

〔松戸(まつど)〕の繁蔵

長谷川さま。仙次(せんじ 33歳)の奴に、おこころ遣いをいただき、ありがとうごさいました」
駕篭の〔箱根屋〕の主人・権七(ごんしち 46歳)が、送ってやった金3両(48万円)の礼を代弁した。

大谷寺(おおやじ)の岩窟仏像の破片が無事に返った謝礼ということで、宇都宮藩の寺社吟味役・石原嘉門(かもん 38歳)がとどけてきた3両を、権七経由でそっくり仙次に贈ったのである。

箱根の荷運び人たちに手くばりをしてくれた権七は、小料理〔蓮の葉〕での一夕ですますことにした。

ほかの客席へまわっていた女将・お(はす 33歳)が、気ぜわしく入ってき、
「先日の結び文のことで、お話があるというお方がおいでになっております。お引きあわせしましょうか?」

(その件なら、片がついた---と喉まででかかった言葉を呑みこみんだ。
蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛(いちべえ 60歳前)に会ってみるのも面白いとおもったからである)
「会おう」

かみちびてきたのは、齢のころ37,8歳の、町人ふうにはよそおっているが目つきが鋭い男であった。、
(〔蓮沼〕の市兵衛にしては若すぎる)
思ったが、そしらぬふりで、
長谷川平蔵です」
先に名のった。

繁蔵しげぞう)と申します」
丁重に頭をさげた。

「こちらは、〔箱根屋〕の権七どんです」
「お初にお目にかかります。繁蔵でございます」
あくまでも折り目をくずさなかった。

「こちらの〔蓮の葉〕さんにもご贔屓(ひいき)をいただいておる駕篭屋です。で、そちらさまのご商売は?」
権七が、平蔵(33歳)の代りに愛想よく訊いた。
「熊野権現の御師(おし)をしております」
「ほう。ご領域は?」
なぜか、繁蔵が目を伏せ、
「下総(しもうさ)の東葛飾、松戸村から馬橋村へかけて---」

「馬橋村は、たしか、駿州の田中藩の飛び地であった---」
平蔵がつぶやくように口にした。
はっと目をあげ、
「よくご存じで---」
゛なに。先祖が駿河の田中城主であったゆえ、な」
「恐れいりましてございます」

参照】2007年6月1日[田中城の攻防] () () (


「ところで、〔戸祭とまつり)〕の九助(きゅうすけ)まわりのことをご存じよりとか---」
平蔵が話題を変えた。

参照】2010年10月20日~[戸祭(とまつり)の九助] () () () (4) () () () (


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