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2010.10.26

〔戸祭(とまつり)〕の九助(きゅうすけ)(7)

「やっと、宇都宮藩から頼まれた探索を終えたので、午後、帰府するつもりです。〔越畑(こえばた)〕どんへの伝言でもあれば---」
平蔵(へいぞう 33歳)の顔を、なつかしげに見やりながら、
「ご丁寧にお立ちよりくださり、ありがとうさんにございます。常平(つねへえ 26歳)がすっかりお世話になりっぱなしで申しわけねえことで---」

釜川(かまがわ)〕の藤兵衛(とうべえ 41歳)は、用意の小さな油紙包みを松造(まつぞう 27歳)の前に差しだし、
「今市の竹節(ちくせつ)人参です。〔音羽(おとわ〕の元締へお渡しいただけますか?」
音羽〕の重右衛門(じゅうえもん 52歳)は、〔越畑〕の常平をあずかり、〔化粧(けわい)読みうり〕のくさぐさを見習わせていた。
常平への小遣いは、べつに包んであった。

「それで、長谷川さま。ご藩主からの依頼は、らちがあきましたか?」
「いや。かいもく。もともと見こみはなかったのに、因幡侯のたってお言葉をお断りもできなかったので---」
因幡守戸田忠寛 ただとを 41歳)は、宇都宮藩7万7000石の太守で、寺社奉行としての体面から、大谷寺(おおやじ)の窟内の仏像の事件の目鼻をつけたがった。

「ご領主が出世なさると、出費が領民へかぶさってきますから、うれし、つらし、です」
藤兵衛が、ふくんだような笑いをもらした。

平蔵は、〔戸祭とまつり)〕の九助(きゅうすけ 22,3歳)の人相を告げ、ついででいいから、北関東の元締衆への廻状の隅にでも書き加えてもらえるとありがたいと頼んだ

宇都宮藩へのいいわけであった。


江戸へ帰ってみると、箱根の荷運びのいまでは頭格になっている仙次(せんじ 33歳)から、1ヶ月ほど前に、九助らしいのが、4つ5つ齢(とし)かの、身なりのいい連れと上っていったとの注進が、〔箱根屋〕の権七(ごんしち)のところへとどいていた。

参照】2008年7月28日[明和4年(1767)の銕三郎] (12

仙次どんも、もう、雲助の頭格でございますよ」
「そういえば、あれから11年にもなるからな。歳月は人を待たずというとおりだ」
「あっしが長谷川さまと出あってからだと、14年でございますよ」

参照】2007年12月29日~[与詩を迎えに] () (10) (11) (12) (13) (25) (26) (27) 

仙次からの文(ふみ)には、齢かさのほうは商人風をよそおってはいたが、口のきき方や態度のはしばしに堅気じゃない感じがあった。
小豆(あずき)大の黒子(ほくろ)の男の指のふしぷしがとりわけ太かったのが気になった。
頼まれた振りわけの包みはさほどには大きくなかったから、駿府より先へ行く旅ではないと見た---などと目のつけどころが、いかにも山道の荷運びらしい。

九助とおぼしい男は、齢かさのほうを敬(うやま)っていて、
いささん」
と「さん」づけで呼んでいた。
いさ」の下のほうはわからない、とも。

伊佐兵衛か、伊佐蔵か、伊三郎か、猪之吉か、伊三次か---これは、中山道へのとば口にあたる森川宿追分の旅籠〔越後屋〕の宿帳から、越後国蒲原郡(かんばらこおり)暮坪(くれつぼ)村の山師・伊佐蔵いさぞう 28歳)とわれた。

ちゅうすけ注】暮坪村の伊佐蔵とは、聖典巻14[五月闇]で、おんなの恨みから密偵・伊三次いさじ)を刺殺した〔強矢(すねや)〕の伊佐蔵のことである。
伊佐蔵の実弟・〔暮坪くれつぼ)〕の新五郎(しんごろう)が顔をみせるのが文庫巻24[二人五郎蔵]。

参照】2010年10月20日~[戸祭(とまつり)の九助] () () () (4) () () (

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コメント

ブログにつられて、文庫第22巻の『二人五郎蔵』を読み返してみました。
戸祭の九助という配下が暮坪の新五郎の下にいました。
九助は、最初は強矢の伊佐蔵の下にいたが、伊佐蔵が火あぶりで処刑されてから伊佐蔵の弟の新五郎の配下になったとありました。
ちゅうすけさんは、もしかしたら『鬼平犯科帳』を池波先生以上に熟読なさっているのではないかと驚きました。

投稿: tomo | 2010.10.26 05:38

このブログのそもそもは、盗人の出身地調べからはじまりました。6年ほど前です。
そのとき、〔強矢〕の伊佐蔵の弟が暮坪とわかりました。
めったある地名ではありませんから。
でも、こんど、秋田県に2ヶ所あることが分かり、自分でも驚きました。

投稿: ちゅうすけ | 2010.10.27 09:57

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