平蔵の土竜(もぐら)叩き(6)
罠はしかけられた。
もう15年も先手・弓の2番手で下働きをしてい、いまは牢番の頭(かしら)格の悦三(えつぞう 35歳)が、適当な口実をもうけて茂助(もすけ 45歳)を俎板(まないた)橋東詰の屋台へ誘い、安酒とむだ話のあと、
「与力の舘(たち) 朔蔵(さくぞうう 37歳)さまと同心の佐々木伊右衛門(いえもん 43歳)さまの立ち話を小耳にはさんだのだが、近く〔蓑火(みのひ) 〕のなんとやらという盗人一味の下っ端が入牢(じゅろう)してくるらしいぜ」
耳元でささやいた。
「え---?」
と見返した茂助に、おっかぶせるように、
「神田佐久間町の躋寿館(せいじゅかん のちに医学館)の事件の犯人の一人らしい。なんでも、盗んだ朝鮮人参の故売したのが発覚(バレ)たとかいうことらしい」
10日すぎても、茂助の勤めぶりに変化はなかった。、
表門脇の下男部屋から消える様子はなく、非番の夜、俎板(まないた)橋東詰の屋台で安酒をちびちびと時間をかけて呑む様子も変わりはなかった。
〔銀波楼〕の女将で〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 61歳)の直(じか)うさぎ人(にん)でもある千浪(ちなみ 42歳)に、平蔵(へいぞう 36歳)が、
「しっているかぎりのうさぎ人の風評に気をくばっておいてほしい」
頼んでおいたのに、〔蓑火〕側の動きはそよとも感じられなかった。
つまり、茂助は悦三のささやきを聞きながしたということだ。
つぎの罠は、喜八(きはち 24歳)にかけられた。
屋敷から遠くない飯田町中坂の途中にある田安稲荷社の脇の煮飯屋で一杯やっていると、声をかけてきた男がいた。
「喜八っつぁんでやすね?」
「そうだが---?」
ささやくように、
「〔殿さま〕栄五郎(えいごろう 享年45歳前後)さんがいけなくなったってねえ」
それだけいうと、すっと、喜八の席からは見えにくい隅の樽椅子へ移り、しばらくするとでていった。
以前からの当ブログにアクセスしていた人なにら、町駕篭〔箱根屋〕の舁(か))き手の加平(かへえ 32歳)と見破ったであろう。
逆に、喜八が、
「〔殿さま〕栄五郎(えいごろう)って、だれでぇ?」
問いかえしていたら、加平は返答に困ったろう。
そこまでは口上を伝授されなかったし、期待もされていなかった。
ぼろもでなかったが、効果もあらわれなかった。
半月ほどのちに、〔銀波楼〕の千浪から、三ッ目通りの平蔵のところへ、そよとも風の音が聞こえてこないとの、遣いがあった。
世間は花看の季節に入っていた。
【参照】2011年1月25日~[平蔵の土竜(もぐら)叩き] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13)
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コメント
与力の舘朔蔵(さくぞう 37歳)は史実、同心の佐々木伊右衛門(いえもん 43歳)は小説のキャラ、みごとなコラボレイションです。
投稿: mine | 2011.01.30 06:15
>mine さん
そういっていただくと面映いですが、史料をそのままだしても読んでいただけないでしょうから。
池波さんには申し訳ないとおもってします。
池波先生と書かないのは、平岩弓枝さんが「池波先生」といったら、「おれは、お前の先生ではないよ」って叱られたという話しを聞きまして、池波さんでとおすことにしています。
投稿: ちゅうすけ | 2011.01.30 17:17