お竜(りょう)からの文(3)
「おまさは、いま、お竜(りょう)どのは、美しい女性(にょしょう)かと訊いたな
「銕(てつ)兄(にい)さんは、美しい人だと、お答えになりました」
「おまさが訊いたから、そう答えた。だが、それは、見た目だけのこことだ」
銕三郎(てつさぶろう 25歳)の言葉に、14歳のおまさが首をかしげた。(歌麿 お竜のイメージ)
「見た目の美しさで、男の人は、親しくなりたがるのではありませんか?」
「美しさを武器の一つと信じているおんなには、たいていの男がそうするだろう。しかし、な。自分の外見の美しさなどなにほどのことでもないとおもっているおんなには、それは値打ちでもなんでもない」
「そんなおんなの人がいるのですか?」
「げんに、お竜(りょう)どのがそうだ。〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 50歳)お頭には、おまさも会ったことがあるな」
「はい。お静(しず)姉(ねえ)さんのお頭でした」
【参照】2008年6月2日~[お静という女](1) (2) (3) (4) (5)
銕三郎は、この〔盗人酒屋〕での勇五郎との会話を再現して聞かせた。
「長谷川さま。小浪(こなみ)もお竜(りょう)も、ともに美形です」
「認めます」
「どちらも、賢い。しかも、芯がつよい。が、こころねは、まるで異なります」
「はあ---?」
「小浪は、おのが美形を存分に遣いこなすこころえがあります」
「お竜どのは?」
「美形を、まったく、意に介しておりません」
「---?」
「おなごには、きわめて珍しいことです。それだけに、こころねが真っすぐです。だから、ものごとがよく見えます」
【参照】2008年10月29日[うさぎ人(にん)・小浪] (7)
「小浪さんって?」
「御厩(おうまや)河岸の舟着き茶店の女将だ。こんど、いつかお茶でも飲みにいこう」
「うれしい。美しいおんなの人を見るの、大好き」
「おまさも、小浪女将にまけないほど、美形だよ」
「銕っつぁん。冗談がきつすぎます」
あわてて、父親・〔鶴(たずがね)〕忠助(ちゅうすけ 50がらみ)が口をはさんだ。
「久栄おっ師匠さんは、お竜さんのこと、ご存じなかんですか?」
「小浪女将には会ったし、辰蔵(たつぞう 当歳)のお祝いにもきてくれた。だが、お竜どのは盗賊の軍者ぐんしゃ)だし、江戸にはいないから---」
「それでは、この文(ふみ)のことも秘密ですね」
秘密をともに持てたことに、おまさは子犬のようなうれしそうな顔をした。
銕三郎は、それどころではなかった。
(お竜との秘事が、いつ、久栄(18歳)の耳に入るか、策をたてなければ---)
しかし、おまさに口どめをしなかった。
そんなことをすれば、逆効果なことがわかっていたからである。
お竜との秘めごとを、お竜の妹分のお勝(かつ 29歳)は察しているかどうか。
【参照】2008年11月25日[屋根船]
2008年11月27日[諏訪左源太頼珍(よりよし) (3)
2009年1月23日[銕三郎、掛川で] (3)
小浪は感づいてはいまい。
とすると、久栄の耳へ入るのは、おまさの耳こすり(内緒ばなし)しかない。
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