辰蔵、失恋(4)
行灯の芯をさげて寝所の明かりを一段と細め、つかった挟み紙をかき集めた久栄(ひさえ 30歳)が、
「お眠りになるのまえにお消しくださいますよう」
自分の寝間の引きあげた。
天井を睨みにながら平蔵(へいぞう 37歳)は、三島宿での芙佐(ふさ 25歳)とのことを手くばりしてくれた父・宣雄(のぶお)の年齢を暗算していた。
---41歳。
14歳だった息・銕三郎(てつさぶろう)との年齢差27歳---。
13歳の辰蔵との差は、24歳---父は、母に内緒でことをすすめてくれ、ことがなったあとも秘しとおしてくれた。
このことは、きちんと受けつくべきなのだ。
さて、あとを引かさないために江戸住いのおんなをはずすとすると、嶋田宿のお三津(みつ 22歳)、三島宿の本陣〔樋口〕のお芙佐(ふさ 48歳)、]陸奥・与板の廻船問屋の女将・佐千(さち 35歳)しかこころあたりがなかった。
3人とも、躰を重ねたおんなばかりであった。
おんなとの連帯感は、けっきょく、躰の触れあいにつきるのかもしれない。
【参照】2011年3月5日~[与板への旅] (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17)
(佐千といえば、長男・藤太郎は14歳---それでも、われとの間(ま)にあわせとして辰蔵の初穂をつむかもな。いや、うぬぼれでなく---)
とにかく、与板は往還に日数(ひかず)がかかりすぎる。
そういうことでは、京都も遠すぎるか。
上方で頼むとすれば、祇園一帯の香具師(やし)の元締・〔左阿弥(さあみ)〕の角兵衛(かくべえ 50がらみ)ということになろうか。
京都なら、華香寺へ亡父・宣雄の供養という口実がお上に対してつかえる。
もっと近くで、辰蔵による長谷川家の墓参となると、駿州の小川(こがわ)---東海道筋の藤枝宿---ちょっと足をのばせば嶋田宿だ。
嶋田宿では大井大社門前の香具師の元締で置屋の〔扇屋(おおぎや)〕を表の顔にしている万次郎(まんじろう 51歳)に頼める。
(もっとも、夜ごとに男をとりかえている〔扇屋〕抱えのおなごたちでは、いくらその道に熟練しているとはいえ、思い出にに夢が添わない)
〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 56歳)のところで修行している〔扇屋〕の息子・千太郎(せんたろう 25歳)に念を入れておいたほうがいいかもしれない。
やがて嶋田宿へ帰っていく若者である。
酒を飲みかわし、腹をわって話しあっておくのも悪くはない。
灯芯がかすかな悲鳴をあげ、灯油がきれかかっていることを告げた。
灯を消し、ふとんを引きあげた。
久栄の匂いがのこっいてた。
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