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2011.03.12

与板への旅(8)

(拒めるか。いや、拒めまい。与板侯の笑いものになりそうだ)
布団の中で、平蔵(へいぞう 36歳)は、われにもなく躰を硬くし、薄目でうかがっていた。

ふすまの開き口に立っていたのは、寝衣の襟元を乱した佐千(さち 34歳)であった。
白い乳房がこぼれきっていた。

佐千は、踏みだそうか、とどまろうか、逡巡していた。
また、樹々が風に鳴った。

その音が、佐千を正気にもどしたらしい。
ため息がもれ、襖が閉まった。

(助かった)
平蔵の実感であった。
苦笑しながら、これまでに抱いたおんなの数を指を折っていた。
久栄(ひさえ 27歳)をいれると、10指にあまったが、しっかりと触感がよみがえったのは、なんと、14歳のときの初体験をさせてくれた芙佐(ふさ 25歳)と、6夜前に2夜をすごしばかり、透きとおるほどの肌を胸元から淡い桜色に染めやまなかった里貴(りき 37歳)であった。

参照】2007年7月16日[仮(かりそめ)の母・お芙沙(ふさ)] 

(抱きあっているときは、たしかにそこに入り、力み、燃え、襞の粘りまで実感していたのに、いまとなっては虚妄のようだ)

明宵、裸身の佐千が横に入り、脚をからませてきたら、拒めまい。
与板藩の役人に申しで、宿を変えてもらうか。

それでは佐千、ひいては〔備前屋〕に恥をかかすことになろう。
そのことは、西丸・若年寄の井伊侯兵部少輔直朗 なおあきら 35歳 与板藩主 2万石)の耳にでも入れば---。
そのことより藤太郎(とうたろう 13歳)が噂をしれば、こころに大きな傷をもとう。
(困った)

(待て)
藩の依頼で泊めた客人の何人かに、佐千が今夜のような所作におよんでいたら、とっくに領内の噂になっていたろう。
(すると、おれのどこかから、おんなに弱い匂いがにじみでていたことになる。蕨宿で2夜をすごした里貴の秘所の香気がどこかにのこっていたか?)

おもいいたり、おもわず、起きあがった。
与板への冬の訪(おとな)いは、さすがに早い。
夜気の冷気に身ぶるいし、布団をかぶった。

(佐千が脱ぎ場からもちさった下帯は、もしかしたら、蕨宿を発(た)つ朝に着したものかもしれない。
あの夜は、明け方まで里貴と睦んでいた。
そのまま、下帯をつけた。

もちろん、次の次の宿で洗いはしたが、早発ちだったから洗いが足りなかった---それで、佐千の鼻が嗅ぎとった---。
(馬鹿も休み休みにしろ。そんな詮索のために与板くんだりまできたのではあるまい)

報じているちゅうすけのほうが、あきれている。
独りよがりもいい加減にしてくれ、平蔵どん。
それが、お前さんの悪いくせなんだよ。
捕り物に徹しなって。


【参照】201135~[与市への旅] () () () () () () ((9)  ((10))  (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) 


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