与板への旅(3)
「高井同心どのはお手すきでしょうか?」
平蔵(へいぞう 36歳)が脇屋清助(きよよし 53歳)に尋ねた。
高井半蔵(はんぞう 42歳)とは、3年前に〔戸祭(とまつり)〕の九助(くすけ 20代後半)の件で、いっしょに本郷・森川追分片町の旅籠〔越後屋〕をおどしたことがあった。
けさ、松造(よしぞう 30歳)を〔越後屋〕へまわらせたばかりだであったが、牢番・悦三(えつぞう 35歳)から〔馬越(まごし)〕の仁兵衛(にへえ 30すぎ)の名前を聞いたからには、亭主・倉蔵(くらぞう)をじきじきに洗ってみたくなった。
さいわい、高井同心が在勤していたので、同行してもらった。
半蔵とすれば、平蔵の糾問ぶりに立ちあえるということで、本郷追分までの1里半(6km)の往復など、苦でもなかった。
3年前の2人が揃ってあらわれたことで、倉蔵は覚悟をきめたようであった。
「越後・三嶋郡(さんとうこおり)の仁兵衛という客のことできた」
「へえ---」
「暮坪(くれつぼ)郷の伊佐蔵(いさぞう)といっしょではあるまいな」
「ちがいますです。仁兵衛さんの隣村の岩方(いわかた)の丹次(たんじ)さんと、いつもごいっしょです」
「泊まる季節は、秋のおわりと春の中ごろではないのか?」
「さようでございます」
「両人のここ4年ばかりの宿帳の写しをつくってくれ」
加賀藩邸の先、菊坂のとっかかりの酒亭〔矢車屋〕で休んでいるから小半刻(30分)あとにとどけるように、といいつけた。
盃をかたむけながら、高井同心が訊いた。
「どうして、秋おそくと春の中ごろとお差しになりました?」
「いや。あてずっぽうでしたが、うまくはまりました」
「しかし---」
「なに、雪の季節に盗みに入ると、足跡から足がつくから、そのあいだは、雪のないところへ稼ぎにでてくると推量したのです」
「うーむ」
勘定は平蔵がもった。
「高井どの。ご足料がわりですから、もたせてください」
その足で〔季四〕に顔をだし、旅立ちは5日後だから、店を留守にする手配をしておくように伝えた。
ついでに、蕨宿の本町通りの旅籠〔林〕源兵衛方に飛脚便で奥の離れを抑えておくようにいった。
〔越後屋〕にすすめられた旅籠であった。
幕臣の旅亭は本陣がきまりで、町人の宿をとってはいけなかったったが、本陣に里貴(りき 37歳)づれで宿泊するわけにはいかない。
【参照】201135~[与市への旅] (1) (2) (4) (5) (6) (7) 8 (9) ((10)) (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19)
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