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2009.05.01

お竜(りょう)からの文(2)

(てつ)っつぁん。なにか、いいことでも書いてありやしたか?」
(りょう)からの文(ふみ)を読み終え、巻きもどすのを待って、〔たずがね)〕の忠助(ちゅうすけ 50がらみ)が銕三郎(てつさぶろう 25歳)に訊いた。

そばで、おまさ(14歳)がきき耳をたてている。
忠助とすれば、一人むすめのおまさの気持ちを察したうえで、文の中身を銕三郎にしゃべらそうとしているのである。
聞けば、おまさも安心するだろう。
おまさは、いま、むつかしい齢ごろにさしかかっている。
母親が生きていれば、おんな同士の解りあいもあろうが、男親では、むすめごころは律しきれない。

銕三郎は、お(しず)の子がはやり風邪がもとで死んだことを告げた。
おまさの表情が複雑なうごきをした。
はじめは安堵し、つづいて涙顔になった。

参照】 [お静という女] () () () () (

(まさか、おれの子とおもっているのではあるまい)
銕三郎は、わざとおまさを無視してつづけた。

京の御所の東の荒神口で太物商いをしていた〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう 50歳すぎ)のおんな・お賀茂(かも 30歳すぎ)が、身重になったらしいと言うと、
兄(にい)さんが捜している盗人(つとめにん)でしょ?」
「うむ。だが、拙は出仕しているわけではないから、とくべつ、捜しているわけではない」
「それでは、お(こん)おばさんの居所がわかっても、捕まえないんですね?」

参照】2007年7月14日[〔荒神(こうじん)〕の助太郎] () () () () () () () () () (10) 

忠助があわてて、
「なんてことを---。っつぁん、聞き流してくだせえ」
いまでは、っつぁん、さんと呼びあう仲になっている。

(こん 31歳)の亡夫・〔助戸(すけど)〕の万蔵(まんぞう 没年35歳)の遺骨を足利へ納めに行ったまま、〔法楽寺ほうらくじ)〕の直右衛門(なおえもん 40すぎ=当時)の妾になり、性戯をみっちりしこまれて江戸へ戻り、岸井左馬之助(さまのすけ 21歳=当時)と睦みあったことはすでに記してある。

参考】2008年8月27日~[〔物井(ものい)〕のお紺] ) (1)] (

「おどのは、江戸にいるのか?」
「いいえ。江戸へは、ときどき、息抜きにやってくるだけ」
(〔法楽寺〕は、手広く網をうっているようだな)

「江戸で盗(つと)めをするのでないのと、左馬さんに近づかなければ、目をつむっておいてもいい」
話題が、おからおにそれたので、銕三郎もほっと息をついた。
おまさ は、このごろ、妬心をかくさなくなっている。それだけ、おんなへの成長がすすんでいるのだろう。

「おどのはどこにいる?」
「言わない」
「そうか。それでは、訊かない」
「怒った?」
「怒らない」
「なぜ?」
おまさが言いたくないものは、無理には訊きたくないから」

忠助が笑いながら、2人の問答を見守っている。
兄さんが、おさんて人のこと、話してくれたら、わたしも、おさんのいまいるところを教えてあげる」
話題は、おからそれていなかった。

「おどののなにを?」
「齢とか、美しい人かどうかとか---」
「それはすごく美しい人だ」
久栄(ひさえ)おっ師匠(しょ)さんより?」
「比べられないな」
「齢は?」
「30---1だったかな」
「お仕事してる?」
「軍者(ぐんしゃ 軍師)」
「おんなで?」
「そう。おまさも知っている、〔狐火きつねび)〕のお人の軍者なのだ」
「あ、そのおんなのお人のことなら、〔瀬戸川せとがわ)〕の源七(げんしち 54歳)おじさんから聞いたことがあります」
「おんなおとこ、と?」
「そう。なあーんだ、おんなおとこの軍者さんか」
おまさは安心したように、
「おおばさん、堀切村の西光寺にいます」
「おみね坊(10歳)もいっしょか?」
「おみねちゃんは、足利---。盗(おつと)めの足手まといになるからって---。かわいそう」

ことは、これだけではすまなかった。


参照】2009年4月30日~[お竜(りょう)からの文] () () () 


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