お竜(りょう)からの文(2)
「銕(てつ)っつぁん。なにか、いいことでも書いてありやしたか?」
お竜(りょう)からの文(ふみ)を読み終え、巻きもどすのを待って、〔鶴(たずがね)〕の忠助(ちゅうすけ 50がらみ)が銕三郎(てつさぶろう 25歳)に訊いた。
そばで、おまさ(14歳)がきき耳をたてている。
忠助とすれば、一人むすめのおまさの気持ちを察したうえで、文の中身を銕三郎にしゃべらそうとしているのである。
聞けば、おまさも安心するだろう。
おまさは、いま、むつかしい齢ごろにさしかかっている。
母親が生きていれば、おんな同士の解りあいもあろうが、男親では、むすめごころは律しきれない。
銕三郎は、お静(しず)の子がはやり風邪がもとで死んだことを告げた。
おまさの表情が複雑なうごきをした。
はじめは安堵し、つづいて涙顔になった。
【参照】 [お静という女] (1) (2) (3) (4) (5)
(まさか、おれの子とおもっているのではあるまい)
銕三郎は、わざとおまさを無視してつづけた。
京の御所の東の荒神口で太物商いをしていた〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう 50歳すぎ)のおんな・お賀茂(かも 30歳すぎ)が、身重になったらしいと言うと、
「銕兄(にい)さんが捜している盗人(つとめにん)でしょ?」
「うむ。だが、拙は出仕しているわけではないから、とくべつ、捜しているわけではない」
「それでは、お紺(こん)おばさんの居所がわかっても、捕まえないんですね?」
【参照】2007年7月14日[〔荒神(こうじん)〕の助太郎] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)
忠助があわてて、
「なんてことを---。銕っつぁん、聞き流してくだせえ」
いまでは、銕っつぁん、忠さんと呼びあう仲になっている。
お紺(こん 31歳)の亡夫・〔助戸(すけど)〕の万蔵(まんぞう 没年35歳)の遺骨を足利へ納めに行ったまま、〔法楽寺(ほうらくじ)〕の直右衛門(なおえもん 40すぎ=当時)の妾になり、性戯をみっちりしこまれて江戸へ戻り、岸井左馬之助(さまのすけ 21歳=当時)と睦みあったことはすでに記してある。
【参考】2008年8月27日~[〔物井(ものい)〕のお紺] ) (1)] (2)
「お紺どのは、江戸にいるのか?」
「いいえ。江戸へは、ときどき、息抜きにやってくるだけ」
(〔法楽寺〕は、手広く網をうっているようだな)
「江戸で盗(つと)めをするのでないのと、左馬さんに近づかなければ、目をつむっておいてもいい」
話題が、お竜からお紺にそれたので、銕三郎もほっと息をついた。
おまさ は、このごろ、妬心をかくさなくなっている。それだけ、おんなへの成長がすすんでいるのだろう。
「お紺どのはどこにいる?」
「言わない」
「そうか。それでは、訊かない」
「怒った?」
「怒らない」
「なぜ?」
「おまさが言いたくないものは、無理には訊きたくないから」
忠助が笑いながら、2人の問答を見守っている。
「銕兄さんが、お竜さんて人のこと、話してくれたら、わたしも、お紺さんのいまいるところを教えてあげる」
話題は、お竜からそれていなかった。
「お竜どののなにを?」
「齢とか、美しい人かどうかとか---」
「それはすごく美しい人だ」
「久栄(ひさえ)おっ師匠(しょ)さんより?」
「比べられないな」
「齢は?」
「30---1だったかな」
「お仕事してる?」
「軍者(ぐんしゃ 軍師)」
「おんなで?」
「そう。おまさも知っている、〔狐火(きつねび)〕のお人の軍者なのだ」
「あ、そのおんなのお人のことなら、〔瀬戸川(せとがわ)〕の源七(げんしち 54歳)おじさんから聞いたことがあります」
「おんなおとこ、と?」
「そう。なあーんだ、おんなおとこの軍者さんか」
おまさは安心したように、
「お紺おばさん、堀切村の西光寺にいます」
「おみね坊(10歳)もいっしょか?」
「おみねちゃんは、足利---。盗(おつと)めの足手まといになるからって---。かわいそう」
ことは、これだけではすまなかった。
【参照】2009年4月30日~[お竜(りょう)からの文] (1) (2) (3)
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