奉行・備中守の審処(しんしょ)(3)
「このたびの銕組(てつぐみ)の探索、奇得(きどく)であった。礼をいう」
西町奉行・備中守宣雄(のぶお 55歳)から誉められた銕三郎(てつさぶろう 28歳)は、
「父上。先刻の審問では、元賢(げんけん 43歳)が貞妙尼(じょみょうに 享年25歳)の宗門の名を借りた問責にかかわっていたかどうかは、糾明(きゅうめい)がかないませぬでしが---」
「そうかの。われは白状したとおもうたがの」
宣雄は、済まし顔で応えた。
「は?」
「浦部与力に申したように、5,6日後には分明(ぶんみょう)しようぞ」
浦部源六郎(げんろくろう 51歳)は、目付与力として、こんどの事件を主査している。
宣雄は、1分(4万円)を懐紙につつみ、
「組下の者たちに酒でも、ふるまってやれ」
奉行の間へ消えた。
浦部与力が、貞妙尼のものであった11両1朱(33万円)が入った錦の巾着を、
「母親のお兼(かね 47歳)へわたし、この受けとりに爪印をとっておいてください」
山伏山町(錦小路通り・室町通り上ル)の本拠では、その夕刻、彦十(ひこじゅう 38歳)、万吉(まんきち 22歳)、啓太(けいた 20歳)、世之介(よのすけ 60すぎ)、寺男・(50すぎ)、それに母親のお兼もくわわり、酒盛りをはじめた。
父・西町奉行からの礼金を、最初(はな)は4人に1朱(1万円)ずつ分けようかとおもったが、これからのこともある、それには腹をわった付きあいをしたほうがいいと判断したのである。
〔銕組〕への奉行からの礼金---というので、一同が歓声をあげた。
「お奉行が、〔銕組〕っていってくださった、てぇのがうれしいやね」
彦十のことばに、みんながうなずく。
「これからは、〔銕組〕を名乗らせてもらいまひょ」
すかさず、万吉が和した。
町奉行からの礼金で飲むなんて、そんな誇らしい仕事など、これまでやったことがない連中だけに、うれしさも大きい。
料理は、お兼が腕をふるった。
酒がまわってくると、それぞれが自分の手柄話を際限もなくしゃべった。
ひとしきり、それががはずんだところで、銕三郎が、
「みんなの働きには、お奉行も感謝しているし、よくやってくれたと拙も礼をいう。しかし、拙にいわせてくれ、こんどの一番槍は、西迎寺の暁達の顔をおぼえていた又平(またへえ 50すぎ)どのだ」
みんなが手をたたいて祝したので、それまで小さくなっていた又平が、顔をくしゃくしゃにして喜び、手拭いで目
拭いた。
「しかし、又平どのは、貞妙尼をなぶり殺した僧ども全員の顔をおぼえていたわけではない。あと、5人いる。この坊主たちのこらしめに、一層、手を貸してもらいたい」
頭をさげると、また、一同が腕をたたいて協力を誓った。
【参照】[銕三郎、膺懲(ようちょう)す] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
2009年10月19日~[貞妙尼(じょみょうに)の還俗(げんぞく) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)
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コメント
銕三郎が、寺男の又平を一番槍といって、みんなに披露したのは、心利いた処置でした。
目くばりを、下の者にまで欠かさない鬼平の心遣いは、もう、このころから始まっていたのですね。
投稿: tomo | 2009.11.07 05:30
>tomo さん
鬼平は、池波さんが創造なさったキャラです。
それに、吉右衛門さんが演じたキャラもあります。
それぞれに、好もしいキャラです。
しかし、最近、ある企業の社長さんが、唯一残している静岡駅ビルのSBS学苑パルシェ〔鬼平クラス〕に、毎月、東京から通ってみえています。「東京ではやらないのか?」とも訊かれています。
この社長さんが、クラスに見えているのは、友人から、部下の使い方を鬼平から学べ---とすすめられ、小説を読み、それでクラスを探したとのことでした。
部下の使い方のヒントになるエピソードを、機会のあるたびに、なるべく書いてみたいとおもっています。
投稿: ちゅうすけ | 2009.11.07 07:35