奉行・備中守の審処(しんしょ)(5)
「食が口にあわぬとみえるな。しかし、獄舎の勝手方(経理)もやりくりに苦労しておってな---」
六角獄舎から西町奉行所の尋問部屋へ引きだされた犯戒僧・元賢(げんけん 43歳)に、長谷川備中守宣雄(のぶお 55歳)がいたわるように声をかけた。
最初の尋問があってから、5日後であった。
東山の源泉院での酒食ででっぷりと重みのあった元賢だが、半月ほどの入牢で、頬の肉がおちて口元に小皺ができ、目の下が黒ずんできていた。
「まわりの者のいびきが耳について、眠られしまへんのどす」
「だからというて、個牢というわけにもいくまい。あそこは、死罪ときまった者しかはいれない」
(あと、半月も雑居牢へいれておくと、へばるな)
脇にひかえていた銕三郎(てつさぶろう 28歳)がおもったとき、宣雄が書役(しょやく 記録掛)同心に、
「退(ひ)け刻(どき)までの採決はすべてすましてある。よしなしごとを話しあうだけゆえ、筆記はせずともよい」
宣雄が口にしたのは、元賢の情事の前の前の相手であった法衣問屋〔岡屋〕の後家・お陸(りく 34歳=いま)がややを産んだという世事であった。
お陸のことは銕三郎が耳にいれたのだが、ご用聞きの〔大文字町(だいもんじまち)の藤次(とうじ 50歳前)が聞きこみをしたものらしい。
「京にはめずらしく背筋がぴんとのびたおなごらしいが、おぬしは、なぜ、付きあうのをやめたのかな。ややの父親は、若狭街道に近い弘法寺の順慶(じゅんけい)とか申す僧らしいが、2番番頭を婿にいれて世間体をつくろったとか」
元賢の頬に皮肉な冷笑がはしった。
つづけて、子の父親の僧とは、3ヶ月とつづかなかったことも告げた。
「おぬしの情の細やかさというか、かゆいところに手がとどくような技(わざ)が忘れられなかったらしいぞ」
「ふ、ふ---」
元賢が、おもわず漏らした。
(いったい、父上はなんのために、このような閨房(ねや)ばなしを---?)
銕三郎は、耳をすました。
突然、宣雄が話題を変えた。
「弘法寺の順慶は、おぬしが推薦した住職の資格を、本山からもらえなかったらしい。今度の事件がかかわっておると、順慶は憤慨しておるとか---」
ことばをきって、じっと元賢に視線をそそいだ。
(ひとあし先に、父上の探索の手がのびていたか---さすが、父上)
元賢のこころに、宣雄が懊悩をタネを植えていることに気づいた。
そして、今宵あたり、お陸との情事ばかりか、ちょうちんの〔鎰屋(ますや)のお甲(こう 30歳)とのぬれ場、きせる問屋の〔松坂屋〕のお里(さと 30歳)の白い裸躰の感触をおもいだして、眠れない一夜に呻吟(しんぎん)するさまをおもいえがいた。
【参照】[銕三郎、膺懲(ようちょう)す] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
2009年10月19日~[貞妙尼(じょみょうに)の還俗(げんぞく) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)
| 固定リンク
「003長谷川備中守宣雄」カテゴリの記事
- 備中守宣雄、着任(6)(2009.09.07)
- 目黒・行人坂の大火と長谷川組(2)(2009.07.03)
- 田中城の攻防(3)(2007.06.03)
- 平蔵宣雄の後ろ楯(13)(2008.06.28)
- 養女のすすめ(10)(2007.10.23)
コメント