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2009.11.10

奉行・備中守の審処(しんしょ)(5)

「食が口にあわぬとみえるな。しかし、獄舎の勝手方(経理)もやりくりに苦労しておってな---」
六角獄舎から西町奉行所の尋問部屋へ引きだされた犯戒僧・元賢(げんけん 43歳)に、長谷川備中守宣雄(のぶお 55歳)がいたわるように声をかけた。

最初の尋問があってから、5日後であった。

東山の源泉院での酒食ででっぷりと重みのあった元賢だが、半月ほどの入牢で、頬の肉がおちて口元に小皺ができ、目の下が黒ずんできていた。

「まわりの者のいびきが耳について、眠られしまへんのどす」
「だからというて、個牢というわけにもいくまい。あそこは、死罪ときまった者しかはいれない」

(あと、半月も雑居牢へいれておくと、へばるな)
脇にひかえていた銕三郎(てつさぶろう 28歳)がおもったとき、宣雄が書役(しょやく 記録掛)同心に、
「退(ひ)け刻(どき)までの採決はすべてすましてある。よしなしごとを話しあうだけゆえ、筆記はせずともよい」

宣雄が口にしたのは、元賢の情事の前の前の相手であった法衣問屋〔岡屋〕の後家・お(りく 34歳=いま)がややを産んだという世事であった。

お陸のことは銕三郎が耳にいれたのだが、ご用聞きの〔大文字町(だいもんじまち)の藤次(とうじ 50歳前)が聞きこみをしたものらしい。

「京にはめずらしく背筋がぴんとのびたおなごらしいが、おぬしは、なぜ、付きあうのをやめたのかな。ややの父親は、若狭街道に近い弘法寺の順慶(じゅんけい)とか申す僧らしいが、2番番頭を婿にいれて世間体をつくろったとか」
元賢の頬に皮肉な冷笑がはしった。

つづけて、子の父親の僧とは、3ヶ月とつづかなかったことも告げた。
「おぬしの情の細やかさというか、かゆいところに手がとどくような技(わざ)が忘れられなかったらしいぞ」
「ふ、ふ---」
元賢が、おもわず漏らした。

(いったい、父上はなんのために、このような閨房(ねや)ばなしを---?)
銕三郎は、耳をすました。

突然、宣雄が話題を変えた。
「弘法寺の順慶は、おぬしが推薦した住職の資格を、本山からもらえなかったらしい。今度の事件がかかわっておると、順慶は憤慨しておるとか---」
ことばをきって、じっと元賢に視線をそそいだ。
(ひとあし先に、父上の探索の手がのびていたか---さすが、父上)

元賢のこころに、宣雄が懊悩をタネを植えていることに気づいた。
そして、今宵あたり、おとの情事ばかりか、ちょうちんの〔鎰屋(ますや)のお(こう 30歳)とのぬれ場、きせる問屋の〔松坂屋〕のお里(さと 30歳)の白い裸躰の感触をおもいだして、眠れない一夜に呻吟(しんぎん)するさまをおもいえがいた。


参照】[銕三郎、膺懲(ようちょう)す] () () () () (5) () (


2009年10月19日~[貞妙尼(じょみょうに)の還俗(げんぞく) () () () () () () () () () (10

 

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