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2010.09.08

〔小浪(こなみ)〕のお信(のぶ)(8)

「〔戸田とだ)〕の房五郎(ふさごろう)さんも、〔神崎かんざき)〕のお頭と処刑されたんですね。南無阿弥陀仏」
平蔵(へいぞう 32歳)に手わたされた書状をあらためながら、お(のぶ 36歳)が眉根をよせた。

大多喜藩の町奉行所の鎌田与力からの書状であった。
木更津の旅籠〔矢那屋〕の番頭から、3年前に〔神崎〕の伊之松(いのまつ 52歳=処刑年)一味が大喜多藩の刑場で獄門になったとしらされた。

翌(あく)る日、6年前にしりあった大多喜・久保町で呉服と小間物の店〔大原屋〕茂兵衛をとおして鎌田与力に処刑された者たちの通り名(呼び名ともいう)と人別の名を教えてほしいと、木更津で仕立て飛脚をたておいた。

その返書が、南本所の長谷川屋敷へとどいたのである。

神崎〕の伊之松、若い者頭〔戸田〕の房五郎(42歳=処刑年)のほかに、
祇園(ぎおん)〕の清ニ郎(せいじろう 41歳=同上)
葛間(くずま)の重三(しげぞう 32歳=同上)
烏田(からすだ)の四兵衛(よへえ 38歳=同上)

は、じっと〔戸田〕の房五郎の文字に視線をおとし、その双眸(りょうめ)は潤(うる)んでいた。
(逝った者を妬(や)いてどうする---?)

清二郎という配下の〔祇園〕という呼び名は、京都の祇園あたりから流れてきた男か?」
「いいえ。京から上総(かずさ)へ勧請し、牛頭(ごず すさのう)天王を祀っている村の出身と自慢してました」

さりげなく巻紙をとりあげ、
「洩れている者はいないか?」
平蔵の凝視にはっと気づくと、とってつけたようにとりつくろい、
「〔(かわず)〕の長助さんは、私より4年も前に退(ひ)き金(がね)を貰いなさっていたから---そうです、〔犬成(いんなり)〕の伍平(ごへえ 37歳)さんの名がありません」

変装が巧みなので、連絡(つなぎ)役として、よく、〔笹子(ささご)〕の長兵衛(ちょうべえ 60がらみ)のところへ借りりられていたから、その時もそうだったのかもしれない、と首をかしげた。

{〔笹子〕の長兵衛というと---?」
「お姿を見たことはないのですが、木更津湊から山側へ1里半(6km)ほど行ったところにある村の名です。犬成はその手前の村ですから、〔神崎〕のお頭が処刑されたあとは、〔笹子〕一味に加わったのかもしれません」

ちゅうすけ注】聖典巻11[密告]のヒロイン---〔珊瑚玉さんごだま)〕のお(ひゃく 41歳=[密告]当時)が再婚した〔笹子〕の長兵衛がその仁。
笹子村から木更津湊へ出、ふだんは旅籠〔笹子屋〕の主人としてふるまっていた。
の連れ子の紋蔵もんぞう 26歳=[密告]当時)に盗みを仕込んだが、紋蔵は、義父ゆずりの三ヶ条の掟てを守らなかった。

A_360
(赤○=木更津 青○=笹子 緑○=犬成 明治20年製)

A_200

「今宵は、布団を敷くのがゆっくりだな」
盃を伏せると、
「すぐに---5日ぶりですもの」

しかし、おは燃えなかった。
指先で誘(いざな)っても、乳頭を甘く噛んでやっても、なにかをかんがえこんでいた。
腕をとって背中へ置いても、いつもとちがい、力がまるで入らなかった。

「やはり、〔犬成〕の伍平が気になるとみえるな?」
「申しわけありません。つい---」
「〔不入斗(いりやまず)〕のおが、不入(いれず)村へ奉公にでも行ったか?」
「市原郡(いちはらこおり)の村は、不入(ふにゅう)と読みます」
「どのように読んでも、意味はおなじだ」
「あんな山の向こうになんか、行くわけ、ありませんッ!」
叫ぶなり、平蔵のものをつかむと、あてがった。

_360
(湖竜斉 イメージ)


参照】2010年9月1日~[〔小浪(ひなみ)〕のお信] () () () () () () () (

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079銕三郎・平蔵とおんなたち」カテゴリの記事

コメント

おお、やっぱり「密告」と関連しましたか。上総、木更津ときたとき、笹子の長衛と珊瑚玉のお百ほを予想しておくべきでした。

投稿: 文くばり丈太 | 2010.09.08 09:03

お信さんを案ずる平蔵さんの気持ち、お信さんにも伝わって、「この人となら...」って思いますよね、きっと。
でも、齢上だし、以前の仕事が仕事だし、「すまない」って気持ちのほうが強いかも。

投稿: tomo | 2010.09.08 09:25

>文くばり丈太さん
上総、下総に、池波さんはある感情をおもちのようです。
ひょっとしたら、長谷川家の知行地が上総の寺崎と片貝だったことをご存知で、それで親しみをおぼえていたのかもしれません。
たとえば、〔鶴〕の忠助が佐倉のとなりの酒々井(すすい)の生まれであったり、岸井左馬之助が臼井の郷士の子であったり---。

投稿: ちゅうすけ | 2010.09.08 14:58

>tomo さん
銕三郎の時代から、平蔵って、おんなのほうから誘うんですよね。女性は、彼の本質的なやさしさを見抜けるんでしょうね。うらやましい。
もっとも、こっちには備わっていないから仕方がないですが。

投稿: ちゅうすけ | 2010.09.08 17:45

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