« 小浪(こなみ)〕のお信(のぶ)(4) | トップページ | 〔小浪(こなみ)〕のお信(のぶ)(6) »

2010.09.05

〔小浪(こなみ)〕のお信(のぶ)(5)

その日、平蔵(へいぞう 32歳)は、七ッ半(午後5時)の渡し舟で対岸の御厩河岸へ渡った。

舟着き場の向いの茶店〔小浪(こなみ)〕へ寄り、迎えた女将・お(のぶ 36歳)へ、
「あとで、じかに框(かや)寺裏へ行く」
耳元へささやくと、ついと蔵前通りのほうへ歩み去った。

それからのおは胸さわぎがおき、立ち居がぎこちなくなってしまった。
店の小女に、
「女将さん、その茶碗は洗い終わって水気をきっているところです」
とか、
「あちらのお客さまのお茶代はいつも付けで、節季払いのお約束です」
注意されたりした。

いっぽうの平蔵も、不可思議な行動におよんでいた。
しばらくして、茶店〔小浪〕の斜向(はすむか)いの料亭〔片倉屋〕を訪ね、かねて顔見知りの女将になにごとかささやき、玄関脇の小部屋に入れてもらい、〔小浪〕を見張りはじめたではないか。

とくに念入りになったのは、おが店じまいし、板戸を立てて戸締まりをするあたりからであった。
框寺裏へ帰っていくおを尾行(つ)けている者がいないか、たしかめていたのである。

が蔵前通りを渡りきったのをみきわめると、〔片倉屋〕へ頼んでおいた折詰めを手に、ゆっくりと正覚寺(框寺)門前町へ足をはこんだ。

いつものとおりの酒盛りとなったが、肴は、〔片倉屋〕の折詰めから皿へ移した、大鯛と平目の刺身、白魚の佃煮、田にしの酢味噌---、
「お酒がすすみます」
がはしゃくほど豪華さ。

「どこでご調達なさいましたの? このあと、留守番の婆ぁやがたいへん」
「薬研堀の〔草加屋〕が顔なじみでな」

参照】2010年6月27日~[〔草加屋〕の女中頭助役(すけやく)・お粂 ] () () () () 

_160の酔いは深く、ようやくに果てた。
「ちょっと、訊いていいか?」
「うれしいお話ですかぁ?」
「そうなるかどうかは、おの応え一つだ」

女賊〔不入斗(いりやまず)〕のお(30歳=当時)が足を洗うと告げると、首領・〔神崎かんざき〕の伊之松(いよまつ 40代半ば=当時)は、気前よく30両(480万円)もの引退金(ひきがね)代わりの餞別をくれたというが、ほかに誓わされたことはなかったか? と訊いた。

参照】2009年6月25日[〔神崎(かんざき)〕の伊之松] (

上に乗ってきたおは、内股をすりつけ、
「一味のことは、どんなことがあっても洩らしてはならぬ---と、念を押されました。長谷川さまもお訊きにならないし、洩らしてはおりませんでしょ」

平蔵が案じたのもそのことであった。
高崎での〔舟影(ふなかげ)〕一味との取引きの噂が伊之松の耳に入れば、平蔵と寝ているおが危ない。

参照】2010年8月31日[〔船影(ふなかげ)〕の忠兵衛] (

2人のあいだがらは、あくまでも秘密にしておかないとならない。
しかし、うれしがっているおの口から、どう洩れるかもしれない。
いや、すでに、おは見張られていると見ておいたほうがよかろう。

の肉づきのいい尻丘をなぜてから、割れ目にそって下へ。
秘唇をひろげながら中指をすべらせた。
「私、入れやまずのお---」
「わかっておる。伊之松と出会ったのは、木更津(きさらづ)の居酒屋であったと言っておったな」
「応えたら、入れやまず、してくださいますか?」
「よし---」
「湊の居酒屋」
「小頭は?」
「〔戸田(とだ)のふさ---さん〕
「ふさ---なんというのだ?」
平蔵の腹の上で軽いいびきをかいていた。

そっと降ろして仰向けに横たえ、寝衣の前をあわせてやり、耳もとで、
「木更津へ行ってくる」


参照】2010年9月1日~[〔小浪(ひなみ)〕のお信] () () () () () () () (

|

« 小浪(こなみ)〕のお信(のぶ)(4) | トップページ | 〔小浪(こなみ)〕のお信(のぶ)(6) »

079銕三郎・平蔵とおんなたち」カテゴリの記事

コメント

久栄さんの、なんと奥ゆかしい心根。夫の平蔵さんが肌をあわせているお信のために木更津へ探索に出かけるというのを、わけも聞かないで、「いってらっしゃい」と送り出すんですから。
たしか木更津は、8年前に、一度は、お二人のハネムーン先の候補にあがっていましたよね。フ--フフフ。

投稿: mine | 2010.09.05 05:03

>mine さん
あくまでも類推ですが、当時の400石クラスの旗本には、側室を同居させていたのも少なくはなかったのではないでしょうか。『寛政譜』の子どもの欄を詳細にみていくと「母は某氏」と、庶子といえる子がかなり目につきます。
継嗣を産んだ内室は、地位を不動のもとしたわけで、某氏にいちいち悋気していたらきりがなかったのかも。
男の身勝手な解釈かもしれません。

投稿: ちゅうすけ | 2010.09.05 17:43

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 小浪(こなみ)〕のお信(のぶ)(4) | トップページ | 〔小浪(こなみ)〕のお信(のぶ)(6) »