〔七ッ石(ななついし)〕の豊次(12)
「ご坊。じつは、壬生に伺う前に、上野の寛永寺の執事頭代(しつじがしらだい)・聡達(そうだつ 50がらみ)師のお話を拝聴しましてな」
寛永寺の名をだしたとたんに、大師堂の住持・玄敬(げんきょう 46歳)が緊張した。
「関東の聡本山に、なに用で---?」
「こちらの身代り地蔵の由縁などを---」
平蔵(へいぞう 32歳)が、住職の双眸(りょうめ)をふかぶかとのぞきんだ。
目をそらした住職が、まるめている頭(こうぺ)をさげ、
「恐れ入り申した。破戒の儀は、総本山には内密に---このとおりです」
合掌していた。
「拙は地蔵ではない。おやめなされ。お玉(たま 28歳)のことはご放念できますな?」
「ご本尊に誓って--」
「そのご本尊だが---」
玄敬の面体に揺れがはしった。
「納戸ですかな? 天井裏?」
「納戸、です。いま、これに---」
松造(まつぞう 26歳)に目顔で、ついていけと報(し)らせた。
5寸(15cm)の半加(はんか)坐像の木彫り地蔵を丁重に袱紗で包み、
「この仏は、明日、宇都宮城下・伝馬町裏の骨董屋で見つかる。買いとるのは、香具師(やし)の元締〔釜川(かまがわ)〕の藤兵衛(とうべえ 40歳)どのである。元締は、こちらのご本尊と知り、寄進なされる」
「南無阿弥陀仏」
「壬生藩主から、元締にいくばくかの礼がとどけられるが、ご坊にはなにもない」
「ありがとうございます」
「目算の金は手にできまいが、お玉と縁が切れれば、それだけでも仏恩とおもわれい」
「南無阿弥陀仏」
宇都宮城下・伝馬町裏の骨董屋へ地蔵像を売った男は、〔七ッ石(ななついし)〕の豊次(とよじ 28歳)ということになり、豊次は盗賊・〔乙畑(おつばた)〕の源八(げんぱち 40がらみ)の一味の者として手配がまわり、壬生藩内では盗(つとめ)みができなくなった。
ところで、役目を果たした平蔵と松造だが、壬生の町奉行が包んだ金で、小山(おやま)の須賀明神社前の旅籠に7日ばかり滞在し、毎日、前の通りを監視していたが、ついにおまさはあらわれなかった。
平蔵があきらめたように、つぶやいた。
「また、紀州の貴志村へ行く日数が足りなくなった」
お粂(くめ 36歳)との夜と、お通(つう 10歳)の手料理と善太(ぜんた 8歳)のことばかりおもっていた松造の耳にはとどかなかった。
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コメント
この解決、恐れいりました。
とはいえ、いささか、甘すぎの感もあります。
投稿: 左衛門佐 | 2010.10.07 05:31
>左兵衛佐 さん
書院番士時代の平蔵に、探索仕事をさせるのは、困難のきわみです。
聖典に登場している盗人を逮捕させるわけにはいかず、さりとて、推理の才を示さないのもどうかとおもいますし。
ま、観光案内になっていればよろしいかな。
投稿: ちゅうすけ | 2010.10.07 15:13