与板への旅(7)
新しいちろりに銚子をのせた佐千(さち 34歳)は、男の子をしたがえていた。
「息子の藤太郎(とうたろう 13歳)でございます。走りづかいにお役て立てくださいませ」
「おう、立派な男子(おのこ)よ。拙が嫡子(ちゃくし)・辰蔵(たつぞう)も藤太郎どのより1歳下の12歳でな」
「お子さまはお一人でございますか?」
「いや。下に女児(じょじ)が2人---。女将どののところは---?」
「藤太郎と3つ違いの妹がおります」
(子どもの話題も、母親の琴線をつまびくのではなかったか?)
゛
辛口の〔城山(じょうざん)〕が注がれた。
「美禄(びろく)とは、まさにこのこと」
「そのお言葉を杜氏(とうじ)たちにも聞かせてやりとうございます」
平蔵(へいぞう 36歳)が、つい、もらした。
「この美禄を雪中で愉しみたかった」
「なんとおおせられました?」
「冷やで味わいたいといったのです」
「燗でなく---?」
「これほどの美酒なれば---」
藤ノ棚の里貴(りき 37歳)の部屋での、みだらな装いで酌み交わす冷や酒をおもいだしたのであった。
佐千が微笑み、藤太郎にいいつけた。
「下働きのだれかに、氷室(ひむろ)から〔城山〕の徳利を取ってこさせなさい」
藤太郎が去ると、
「氷室とは---?」
「冬の雪をどっさり貯め込んだ穴倉でございます。ことしの新雪まで、ざらめのようになって残っております」
「さすが、雪国、よい思い出になりそうだ」
「長谷川さまの与板でのよい思い出になれば、佐千もうれしゅうございます」
(ぬかった。また、禁句を口にしたようだ)
総朱塗の木盃をすすめると、2注ぎ目を求められた。
「お強い---」
「酒づくりどころの女将でございますゆえ---」
嫣然(えんぜん)と微笑んだ。
「家つきの---?」
「はい。わがままな性悪(しょうわる)おんなに育ちました。おほ、ほほほ」
「すると、亡夫どのは---」
と訊きはじめたところで、藤太郎が小さな徳利を手にしてあらわれ、
「大徳利は氷室へもどしたけど、足りなかったら、また移すからって---」
どうやら佐千の酒の質(たち)は、酒が酒を求めるという型であるらしい。
「藤太郎。もすこし気をきかせ---氷室のざらめを小鉢にとり、新しい木盃ももってきなさい」
藤太郎があわてて退きさがると、
「あのように気がきかなくては、〔備前屋〕の身代(しんだい)がもつか、心配でございます」
銚子にのこっていた〔城山〕の燗酒を自分であけた。
酒づくりの家に育ったのであれば、酒に親しんでも、呑まれることはあるまい。
(木盃に盛ったざらめ雪にそそいだ〔城山)は、たしかに美妙であった)
膳が下げられ、延べられた布団の中で、明日の段どりを案じながら、佐千がだるそうに話した〔備前屋〕江口家の家史を反芻していた。
遠祖が備前国・宇喜多家の臣であったことが屋号となった。
関ヶ原のあと浪人となり、越後へながれてき、知識をかわれて与板村で割元をつとめ、米の大坂廻送で財をなした。
「じつは、醸造と質屋のもうけが大きいのです」
酔ってきていた佐千は、去らせた善太郎が嫁をもらうまで、あと7年間は勤めなければ---といいながら、内情を打ちあけた。
「どちらも、人の弱身につけこんだような商売でございます」
裏山の樹々が風にごうーと鳴りはじめたとき、襖が音もなく滑った。
低めた灯芯の弱い明かりに人影がうつった。
【参照】201135~[与市への旅] (1) (2) (3) (4) (5) (6) 8 (9) ((10)) (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19)
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