〔梅川〕の仲居・お松(7)
「ご気分がお悪いようなら、横になってお休みになるように、床をとりましょう」
2階の小部屋へ案内した女中は、心得顔に、さっさと床を延べ、
「このあたりは、蚊が多くて、しつこいんです」
片側がはずしてあった蚊帳の吊り手も、すっかりかけた。
座り場所が狭くなった銕三郎(てつさぶろう 22歳)とお留(とめ 33歳)は、壁にくっつく。
腕と腕が触れあったが、そのまま、どちらも動かない。
「陽があると、目も休まりませんから---」
女中は雨戸もほとんど引いてしまった。
逢引き客のみだら声を外にもらさないための配慮らしい。
急に薄暗くなった部屋で2人は顔を見合わせた。
「すぐに、お茶をお持ちしますから---蚊帳に入ってお待ちくださいな」
こういう昼間の2人づれには馴れているといった感じで、女中は無表情で下りてゆき、すぐに、わざと大きな足音たててお茶と土瓶をこんできた。
「あら、まだ、お入りになってなかったんですか。お呼びがあるまでは、もう、まいりませんから、ごゆっくり、どうぞ。きょうは、ほかの部屋にはお客はいらっしゃっていません---」
「あの、気分が落ちついたら、汗を流せますか?」
とりようによっては、どうにでもとれる訊き方で、お留が訊く。
「半刻(はんとき 1時間)後に、お使いになれるようにたてておきます」
女中は、わざと、お留のほうをみないで答えて、降りた。
江戸川橋の舟着きで降り、舟(ふな)酔いしたらしいので、治(おさ)jるまでどこかで休みたい、とお留が訴えたので、近くの木戸番にそういう店を尋ねて、〔長崎屋〕を教えられた。
「〔長崎屋〕って、西の果ての長崎の人でしょうか?」
「いや。この先の、板橋宿の手前にそういう名の郷(さと)があるのです」
「いつかもお話ししましたように、あたしって、羽前の成生(なりう)村(現・山形県天童市成生)からでてきて、本所、深川から外で暮らしたことがないものですから---」
「それでは、雑司ヶ谷などは、この世の果てかな」
「いいえ。鬼子母神さんには、お絹を身ごもったときにお参りしました。こんどのことも、鬼子母神さんのお引き合わせと喜んでおります」
話しながら、〔長崎屋〕にあがったのであった。
「失礼して、横にならせていただきます。こんなときに、舟酔いなどして、申し訳ありませんでした」
お留は、蚊帳へ入って帯を解く。
横になるには、帯が邪魔だ。
ついでに、着物も脱ぎ、
「襦袢も汗っぽくて---」
短い裾まわし一枚で横たわった。
上掛も使わない。
「長谷川さま。お昼をお召しになるのでしたら、どうぞ。胃のぐあいがおかしいので、あたしはひかえます」
蚊帳ごしに、お留の半裸の寝姿に見入っていると、頬を蚊が刺した。
ぴしゃりと平手打ちした掌に、血をいっぱいに吸った蚊がつぶれていた。
(こんなに吸われるほどに、お留に見とれいたのか。剣術遣いとしては失格だな)
その仕草を見てていたかのように、
「長谷川さま。そこでは蚊に襲われます。お袴をとって、中へお入りください」
銕三郎は、袴だけ脱ぎ、お留に背を向けて横になった。
蝉しぐれに気づく。
「音羽のあたりだと、蝉も多いようですな」
「遠慮なさらないで、こちらをお向きください」
そうした。
目の前に、微笑んでいるお留の顔と、豊満な乳房があった。
「お熊(くま 44歳)さんに叱られますね。でも、舟酔いでは仕方がありませんもの」
「お熊どのとは、用心棒とその雇い主だったということだけです」
「いいえ。ゆうべ、お熊さんに、すっかり聞かされました」
「あの人の妄想ですよ。あの晩、お熊どのは酔いつぶれいたのだから---」
「いいではございませんか。おんなから強請(ねだ)られるのは、男冥利というものでしょう?」
(国芳『逢悦弥誠』 お熊の酔いつぶれての妄想)
「いや、困る。お熊どのとは、天地神明に誓って---」
「あたしがおねだりしたら、どうなさいます?」
「お留どのは、舟(ふな)酔いでは---?」
「それも生(なま)酔いと申しあげたら---鮒(ふな)酔いではなくて、鯉(恋)酔いだったら?」
【ちゅうすけのつぶやき】『鬼平犯科帳』巻11[穴]p99 新装版p104 での、池波さんの駄じゃれ---
「はい、なにしろ、お頭------」
「叱っ。声(こい)が高い」
「鮒(ふな)が安い」
「うふ、ふふ------」
巻16[見張りの糸]p225 新装版p233 でも使われている。
【参照】2008年4月23日][〔笹や〕のお熊 (4) (5) (6)
お留は、銕三郎の掌をとって、自分の乳房へあてさせた。
「赤子がさわっているように、やわらかく、もんでください---」
「いいのかな?」
「いっそ吸って---」
銕三郎がおおいかぶさって吸い始めると、背にまわした手で、たくみに帯の結び目をほどいて引きぬく。
吸いあったまま、いつのまにか、下帯だけにされていた。
裾まわしをとり、男の下帯も、もどかしげな指先がはずす。
男のものは、すでに巨砲だ。
仰角いっぱいに、反り返って---。
おんなの手がやさしく導き入れる。
おんなのものも、湧き、あふれ、燃えている。
双脚をあげて男の背で交差させる。
「あちらより、こちらは、11歳も若いのです」
「そちらより、拙は、11歳も若いのです」
「剣の腕も、こちらも、たのもしくて---」
(栄泉『好色 夢多満佳話』 お留のイメージ)
寝転んで、話しあっていても、指は、お互いの芝生をもてあそんでいる。
おんなの芝生は、なお、湿っている。
「新しい敵をつくってしまった」
「なぜですか? 〔盗人酒屋〕の忠助さんに言われたように、これまでとは、すっぱりと縁切りです」
「そちらがその気でも、むこうが承知するか、どうか?」
「居所を知らないのですよ」
「捜すだろうな」
いちど躰があってしまうと、男の言葉づかいがいささかぞんざいになったことで、おんなは垣根が除かれたとおもう。
「〔橘屋〕に、逢いにきてくださいますか?」
「今日、〔橘屋〕の仕組みを見て、どうすれば密かに逢えるか、くふうしよう」
「きっとですよ」
芝生をつまんだり、引っぱったりしているうちに、その気が満ちてきた。
「舟の中で、舟饅頭は食べたことがないとおっしゃいましたが---」
「夜の辻君とも親しくなったことはない」
「丹精のし甲斐(がい)がありそう。まず、こう、いらっしゃいませ」
銕三郎が予想していたより、はるかに手錬(てだれ)であった。
(栄泉『好色 夢多満佳話』 お留のイメージ)
【参照】2008年8月1日~[〔梅川〕の仲居・お松〕 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (8) (9) (10) (11)
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