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2008.11.22

遠藤源五郎常住(つねずみ)

_100_2(りょう 29歳)が、身をよじって笑い転げてしまった。
銕三郎(てつさぶろう 23歳)の口からでた話だけに、よけいにおかしみが強いのだ。
畳をたたいて、うれしさをあらわしている。
足をばつかせたその勢いで、裾がひらいた。
それでも、白いふくらはぎを、銕三郎の視線にさらしたまま、背をふるわせ、声をあげて笑いつづけている。
すっかり気をゆるしてしまっている証拠で、外出用のほこり除けの揚げ帽子がくずれそうなほど。(歌麿 揚げ帽子 お竜のイメージ)

二ッ目ノ橋北詰の、しゃも鍋〔五鉄〕の二階の小座敷である。

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(〔五鉄〕の2階の間取り図 建築家:知久秀章画)

〔五鉄〕の一人息子・三次郎(さんじろう 18歳)が、新牛蒡(ごぼう)のササガキとしゃもの臓物を出汁(だしじる)で煮る鍋をみつくろってくれた。

ちゅうすけ注】この臓物鍋は、『鬼平犯科帳』巻8[明神の次郎吉]p104 新装版p111 に、「初夏、「熱いのを、ふうふうていいながら汗をぬぐいぬぐい食べるのは、夏の快味」と。おはほとんど化粧していないので、汗をかいて平気だと、三次郎は見きわめたのであろう。

参照】】〔五鉄〕の位置 2006年7月16日
〔五鉄〕の1階 2008年3月25日[盟友・岸井左馬之助] (2)
〔五鉄〕の1階パース [ちゅうすけのひとり言] (23)

ようやく笑いをおさめ、目尻の涙を懐紙でぬぐったが、双眸がしっとりと濡れており、29歳の年増の色っぽさが、増していた。
(「目病みおんなと風邪ひき男」とは、言いあてている。いまのおの涙目がそうだ)
銕三郎の、感想である。

4人の候補者(容疑者?)のうちの1人---かつて銕三郎がつながりをつけた遠藤源五郎常住(つねずみ 52歳 1000石 先手・鉄砲(つつ)の9番手組頭)の説明ついでに、柳橋の料亭〔梅川〕の仲居・お(まつ 30歳前=当時)の一件を話して聞かせたのである。

は、盗賊・〔初鹿野はじかの)〕の音松(おとまつ 35.6歳=当時)の情婦で、柳橋の料亭〔菊川〕の仲居に化けて引きこみに入っていた。
それで、好物の〔船橋屋〕の黄粉(きなこ)のおはぎに朝顔の種の粉をまぜたのをうまく騙して食べさせ、座敷でひどい下痢を演じさせた。

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(北斎 美人図 下痢に悩むお松のイメージ)

のこの失態で、〔初鹿野〕一味は、とりあえず江戸から去っていった。

参照】2008年8月10日~[〔菊川〕の仲居・お松] (9) (10) (11) 

「初鹿野村は、わたしの生まれた村から、それほど遠くはないんですよ」
は、甲州・八代郡(やしろこおり)仲畑村の育ちである。
初鹿野村は、隣の都留郡(つるこおり)も北の、甲州路ぞいといったほうがあたっている。
「さようでありましたな」
「ああ、長谷川さまは、村へいらっしゃったのでしたね」
「猿橋では、〔阿良居(あらい)〕方に宿をとりました」
「母が、猿橋宿の手前の大月の安宿で飯炊きをしていることも、ご存じなんですね」
の土地勘は、仲畑村が基点になっている。

「うむ」
「わたしが仕送りをしていることも---」
「------。いや。遠藤常住どのだが、父上から聞いたところでは、去年、不祥事があって、諸事、お控えのご様子らしい」
「不祥事とは---?」

銕三郎が語って聞かせる。
火盗改メに任じられた常住が、前任の細井金右衛門正利(まさとし 61歳廩米200俵)組が逮捕し、吟味未了だった賊を、誤認逮捕といって出牢させ、召し放したので、吟味を引きつぐことになっていた町奉行方から異議が出て、出仕(しゅっし)停止1ヶ月の処分を申しわたされたということであった。

参照】細井金右衛門正利は、2008年8月5日[〔菊川〕の仲居・お松] (5)
200年9月6日[火盗改メ・索引] (1)

ちゅうすけ注】常住は、出仕停止処分が解かれた翌日、火盗改メも解職された。もっとも、先手の組頭職のほうは、その後、70歳で卒(しゅっ)するまで、18年間つづけている。幕府の温情でもあったろうが、常住の諸方への手くばりも効いていた。

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(遠藤源五郎常住の個人譜)

「そのようなご事情がおありですと、遠藤さまは、お外しになったほうがすっきりいたしますね」
「となると、調べるのは、諏訪さまということになりますが---」
「はい。諏訪さまは、わたしが調べてさしあげると申しました」
「お手数をおかけします」
「なんでございますか、水くさい」
「そうでした。水でなく、湯のあいだがら---」
長谷川さまっ!」
は、下腹がにじんでくるのを、懸命にかくした。

ことのついでである、遠藤一門の大名家というのは、近江の三上藩主・胤将(たねのぶ 40歳=明和5年 1万石)。


参照】[宣雄の同僚・先手組頭] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)

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コメント

今日、初めて、オレンジ色の「五鉄の位置」をクリックしてみました。そうしたら、天神祭りの絵にまでたどりつきました。これは、すごい資料をいっぱい持っているブログなんだとわかって、なんだか嬉しくなってきました。
この連休中、トリコになりそうです。

投稿: kayo | 2008.11.22 04:37

>kayo さん
[〔五鉄〕の位置]、クリックしてみていただけましたか。ありがとうございます。
あれを特定するには、ずいぶん、苦労しました。もちろん、何回も現場をふんだこともありますが、『鬼平犯科帳』から〔五鉄〕に言及されている文章をすべて取り出し、検討の上、結論を出しました。
もっとも、〔五鉄〕は最初、第2話[本所桜屋敷]に登場したきり、第4巻[血闘]まででてきませんよね。
話の舞台に本所がえらばれなかったせいもあります。
が、それまで池波さんの頭に、〔五鉄〕が浮かばなかったこともありましょう。
なぜ、浮かばなかったかを推理するのも、小説の読み方を深めることだとおもっています。

投稿: ちゅうすけ | 2008.11.22 12:57

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