〔五井(ごい)〕の亀吉(3)
小男のその客は、先刻から盗み見をするように、お粂(くめ 39歳)とお通(つう 12歳)の動きにちらちらと視線を走らせていた。
その視線をお通は痛いほどに感じ、薄気味悪くおもっていたが、客なので態度にはだすのをおさえた。
「もう一杯、もらおうか」
客が声をかけた。
お代わりの茶を運ぶと、
「姐さん。ここを前にやっていた、女将さんが、どこへ行ったかしらないかい?」
ぞんざいな口調であった。
お通が母親の助けをもとめ、沸かし場から移ってきたお粂が、
「お客さまがおっしゃっているのは、お信(のぶ 39歳)さんのことでございましょうか?」
「そうだ」
「お客さまのお名前とお信さんとのつながりをお聞きしないでは、明かすわけには参りません」
小男はちょっと照れ、
「こいつはおれが悪かった。おれは上総(かずさ)の市原郡(いちはらこおり)の五井(現・千葉県市原市五井)の生まれで亀吉って者(もん)だ。お信さんが隣りの村ともいえる不入斗(いりやまず)郷の出だとわかり、ときどき足休めをさせてもらっていた」
【参考】2010年9月1日~[[〔小浪(こなみ)〕のお信] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)
お粂は客商売が長いので、油断はしない。
「そんなお親しいあいだがのお方とは存じませず、失礼申しあげました。お信さんは、なんですか、2年ほど前に、突然、この店をわたくしにお譲りくださって、甲斐の身延の尼寺へ入山なさいました」
「千浪(ちなみ)女将ならば尼寺の山号をしっておろうな」
「それはそれは、お古いころからのご贔屓をいただきまして、ありがとうございます。と申しましても、わたしは、小浪女将さんを存じあげないのでございます」
「なるほど」
それでも亀吉は、見透すようにでお粂を見すえた。
「申しわけございませんが、日蓮宗のお寺さんとしか---」
「いや、ぶしつけに訊いてすまなかった」
多いめの茶代をおいて腰をあげ、渡舟場へ向かった。
その晩、、寝屋で松造(まつぞう 29歳)に昼間の〔五井(ごい)〕の亀吉の話をすると、お粂の内股をまさぐっていた手を引き、
「もうすこし、人相とか年配を話してみろ」
亭主然とした口調になった。
お粂は松造の下腹のものを放さず、
「急に人相といわれても、ねえ。そう、;肌があさ黒く、目つきに険(けん)があり、反っ歯ぎみ。お通に1寸5分(5cm)ほど足した背丈で、身のこなしは軽そうだった。齢は小柄だからいくらか若く見えるけど、40歳をでたってとこるかな」
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