与板への旅(1)
「板橋、桶川、本庄、渋川、須川、三俣、六日町、川口、長岡城下まで76里29丁(ほぼ307km)。長岡から与板まで3里(12km)。往還は参勤なみに18日間、陣屋での調べが10日で片付けば御(おん)の字でございましょう」
「ほとんど、ひと月の出張(でば)りであるな」
牟礼(むれい)郷右衛門勝孟(かつたけ 61歳)は、里貴(りき 37歳)の酌のほうに気がいっており、平蔵(へいぞう 36歳)の言辞はうわのそらであった。
「お出かけでございますか---?」
「いま、申したとおり、与板藩の陣屋まで、な」
「やはり、捕り物で---?」
里貴の双眸(りょうめ)は、なかば吊りあがっているが、牟礼与頭ば気づかない。
「長谷川うじを見こんでの、少老・与板侯(井伊兵部少輔直朗 なおあきら 35歳 2万石)のお声がかりでの」
その与頭へ、
「牟礼さま。長谷川さまは直参のお旗本でございます。それを、井伊さまかなにか存じませんが、諸侯がご用をいいつけてよろしいのでございましょうか?」
里貴がいいはなった。
その剣幕に、さすがに牟礼与頭も気がついた。
「なるほど、女将どのの申し分にも一理あるな。これは、火盗改メからの依頼という形をとったほうがよさそうだ」
里貴が、ぷいと立っていった。
「なにが気にさわったのかな?」
「なに、新しい酒をいいつけにいったのでしょう」
厠をよそおって帳場をのぞき、里貴の肩を引き寄せ、
「蕨(わらび)での一泊をつきあえるではないか---」
「あら。ほんとうですか?」
「もう一泊、上尾(あげお)で泊まっていい」
たちまち、機嫌がなおり、いそいそと座敷へもどった。
(松造(よしぞう 30歳)が、40おんなの女房・お粂(くめ )は躰のどこもかしこも発火点だといっていたが、里貴もそろそろ、その齢だな)
牛込築土下五軒町の屋敷へ帰る牟礼与頭を黒舟まで見送り、船頭の辰五郎(たつごろう 51歳)に、
「江戸川ぞいの小日向馬場のあたりで舟着き場をみつくろうように---」
途中で牟礼老人が居眠りをしても無事に着けるようにいいきかせた。
そのあと、藤ノ棚の部屋で、
「蕨宿へ帰りつく日時も飛脚便で報らせるから、店を休んでもよければ、宿で待っていてくれ」
「行きもお帰りも、朝までごいっしょできるんですね。夢みたい」
翌日、登城してから松造(よしぞう 30歳)を本郷・森川追分片町の旅籠〔越後屋〕へやり、亭主の倉蔵(くらぞう)に宿帳をださせ、この数年間、〔強矢(すねや)〕の伊佐蔵(いさぞう)と暮坪(くれつぼ)村近辺の者の宿泊日時をしらべさせた。
【参照】2010年10月27日[〔戸祭(とまつり)〕の九助(きゅうすけ)] (8)
【参照】2011年3月5日~[与板への旅] (2) (4) (5) (6) (7) 8 (9) ((10)) (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19)
| 固定リンク
「017幕閣」カテゴリの記事
- 寺社奉行・戸田因幡守忠寛(ただとを)(4)(2010.10.19)
- 寺社奉行・戸田因幡守忠寛(ただとを)(2010.10.16)
- 本城・西丸の2人の少老(6)(2012.05.07)
- 本城・西丸の2人の少老(5)(2012.05.06)
- 本城・西丸の2人の少老(4)(2012.05.05)
コメント
今回はいよいよ、ちょっと遠い新潟県への出張り。参勤交代のときには片道8日要したようですね。道中、平蔵どのにどんな厄介が待っていることか。
投稿: tomo | 2011.03.05 05:44
>tomo さん
調べてみたら、参勤の江戸藩邸入りでは、ほとんど8日かかっていたみたいです。
大名の参勤は行列ですが、平蔵の与板入りは若い松造とですから、もうすこし短縮できたでしょうが、さて、本陣があったかどうかなんです。
幕臣は、主街道では、本陣か脇本陣に泊まる規則になっていたみたいで、商人宿には泊まれなかったようですから、宿泊地はあるていど限られてでしょう。
本陣がなければ、寺とか村役人(割元とか庄屋、村長(おさ))や代官所へ頼みこんだのかもしれません。
まあ、京都からのか帰りに中山道を選んでいますし、高崎までは別件で行っていますから、今回は、高崎からその先ですね。
投稿: ちゅうすけ | 2011.03.05 07:16
映画の映像をネットに利用する場合…
お問い合わせ内容。映画の映像をネットに利用する場合…
突然のご質問をお許し下さい。映画の好きなブロガーです。私はブログやHPで映画の話題を載せています。時代劇から邦画洋画の話題作、古い懐かしの名画・・・とうとうさまざまです。その中で、映画の紹介のために公式サイトに掲載された映像や、上映中の作品ならば、映画ブログやサイトの映像をコピーして、自分のサイトに掲載しています。恐らくブログを発行している方は皆共通している行為だろうと想像します。東映や松竹等の配給会社の提供する写真や映像は、映画宣伝のため提供されているもので、映画のファンであり、いい映画を広く知ってもらうための普及に利用しているという軽い意識で利用させていただいてます。その裏には、少しも商業行為で利益に関係のないHPであり、これは著作権に抵触しない・・・という勝手な思い込みがあります。しかしこの写真、画像のコピーは、無断掲載、著作権に抵触する行為になるのでしょうか・・・?
私、現在、就職のためにWEBデザインを勉強しているものです。ホームページ製作練習のために、ある学校の講師の計らいで、映画のHPを「ドリームウィーバ」で製作して、面接先の会社にだけ閲覧できるようにあるサイトに掲載させてもらってます。しかしパスワードを付けて閲覧を限定、アドレスとバスワードを教えないと見れないように限定しています。こうした方法と委細の仕方でも無断掲載、著作権に抵触する行為になるのでしょうか???
よろしければ、映像資料の個人のブログ・HPへの掲載が、著作権違反になるかどうか、参考見解をお答えいただけないでしょうか?
投稿: 流石埜魚水 | 2011.03.05 08:27
>流石埜魚水 さん
なんともむずかしいご質問です。
ぼくは、著作権の専門家ではありませんが、商業目的でないうんぬんは、著作権には関係ありません。
著作権が存在してものは、すべて、著作権法で守られていると考えたほうがよろしいのではないでしょうか。
映像の場合はさらに、俳優さんの肖像権もありましょう。
あなたのHPが、映画会社の許可をとってつくられていれば、そして、映画会社がPRになっていると判断すれば問題はんいでしとょうが、そうでなければ、訴訟されても仕方がないでしょう。
答えになっていませんが、ぼくのこのブログは、著作権のきれたもののみを採録、文章は、それを紹介する場合にかぎって1回200字以内にとどめて、出典を明記しています。
版面権は著作権とは別ものです。
投稿: ちゅうすけ | 2011.03.05 17:32