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2009.06.21

〔銀波楼〕の今助(2)

長谷川さま。〔音羽(おとわ)〕の元締さんは、ご府内の安泰のためならと、快く引きう:けてくだせえました」
御厩(うまや)河岸の舟着き前の茶店〔小浪〕で、そう告げたのは、〔木賊(とくさ)〕一家の小頭だった今助(いますけ 24歳)である。
暮れ六ッのこの日最後の渡し舟が対岸の石原橋ぎわから戻ってき、乗客がすべて散ったのを見すまし、女将の小浪(こなみ 32歳)は戸をたててまわし、小女を家へ返した。

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(御厩河岸の渡し 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)

(暮れ六ッといえば、ふつうは午後6時とおもいがちだが、日暮れどきの意味なので、師走が近いこの季節なら、午後5時ごろとみておいていい)

木賊〕の林造(りんぞう 享年62歳)の葬儀から、5日目の夕刻である。

行灯をともした店内にいるのは、小浪のほかは、今助から首尾を告げられている銕三郎(てつさぶろう 26歳)と井関録之助(ろくのすけ 22歳)、それに浅草・田原町の質舗〔鳩屋〕の用心棒・浅田剛二郎(ごうじろう 33歳)である。

浅田用心棒は、いまでは〔鳩屋〕の脇の裏長屋の一軒を借りうけ、細君・於布美(ふみ 27歳)を向島から呼んで、いっしょに暮らしている。
もちろん、夜更けから朝までは、〔鳩屋〕に泊まりこむという変則の夫婦生活ではあるが。

参照】2009年4月3日~[用心棒・浅田剛二郎] () () () (
2009年4月18日~[一刀流杉浦派・仏頂(ぶっちょう)] () () () (

今助の父親は〔木賊〕の林造であるが、姉の於布美の父親は立派な武家であったという。
だから、いってみると、今助浅田用心棒にとっては、義弟にあたる。

その義弟が、香具師の〔木賊〕一家の縄張り引き継ぎの披露をするというので、銕三郎が知恵を貸しているのである。
それというのも、上野山下の盛り場を取り仕切っている〔布板(きぬた)〕の宇兵衛(うへえ 45歳)や深川・櫓下のいかがわしい一帯をたばねている〔横川〕の太市などが、浅草・今戸といういい島をねらっているらしいので、
「とりあえず今助どのは、主だった元締衆を招いて襲名披露をするしか、血の雨を避ける術(て)はなさそう」
江戸の香具師界ににらみをきかせている〔音羽〕の重右衛門(じゅうえもん 40歳)に仮親を頼むようにすすめたのである。

ちゅうすけ注】〔音羽〕の重右衛門は、『仕掛人・藤枝梅安』文庫巻3[梅安最合傘]に収録の[梅安鰹飯]p18 新装版p20に登場している〔音羽〕の半右衛門と女房・おくらとのあいだに生まれた男子である。父・半右衛門は矮躯(わいく)だが、母方の血を引いてどっしりした貫禄だが、色白で目がやさしい。
京の祇園一帯をしきっている〔左阿弥(さあみ)〕の円造(えんぞう)のところにおくられて修行をつんで還ってくるなり、名跡をつぎ、江戸の香具師界に重きをなしている。

「これから、〔布板〕(きぬた)の宇兵衛がいろいろ仕掛けてくるであろうが、手下の若い衆に相手にならないように、きつく言い聞かせておいてください。それから、宇兵衛についての身のまわりの仔細をあつめてください」

横川〕の太市については、黒船橋ぎわで駕篭屋をやっている〔風速(かざはや)〕の権七(ごんしち 38歳)の手の者に調べさせることを約した。

参照】2009年3月13日~[〔風速(かぜはや)〕の権七、駕篭屋業] () () () (

今助も、深川のもう一人の香具師の元締・〔丸太橋(まるたばし)〕の源次(げんじ 55歳)とは気があっているから、牽制を頼んでみると言う。
「そうです。柔(やさ)ごとですませられる術(て)は、できるだけ広くうっておくにかぎります」
銕三郎は、今助のわかりがいいのに、内心、感心していた。

「近攻遠交---が基本です。襲名披露には、遠地の元締衆にもできるかぎり案内をしておくように---」
銕三郎が念いれる。


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