奉行・備中守の審処(しんしょ)(4)
「あ、一人、おもいだしよりました」
銕三郎(てつさぶろう 28歳)から、一番槍の手柄---と持ち上げられた寺男・又平(またべえ 50すぎ)が、声をあげた。
「ほう。誰かな?」
銕三郎が如才なく水をむける。
「弘法寺の順慶(じゅんけい)はんでおます」
「弘法寺というと---?」
「山端(やまはな)の、小さな山寺はんどす」
「やまはな---?」
【ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』ファンなら、文庫巻1[老盗の夢]で、引退した〔蓑火(みのひ)〕の喜之助(きのすけ 67歳=小説に登場時)が瓜生に墓参にいった帰りに知りあい、男の兆しをよみがえらせた大女のおとよ---彼女が働いているのが愛宕郡(あたごこおり)、高野川ぞい、麦飯が売りものの〔杉野や〕をすぐにおもいうかべるはず。
【参照】2006年6月19日[超ロングセラー、一つの条件]
2007年2月24日[京・瓜生山]
(山端の2軒の麦飯屋 『都名所図会』)
弘法寺は、〔杉野や〕の東、一本松よりにあった。
「よくおもいだしてくれました」
そうはいったものの、又平が隠していたことはわかっている。
(ついに、仲間意識がまさったようだ)
又平は、若狭街道の山端からもっと奥、三宅八幡宮のある村の出身であった。
八幡宮の別当が弘法寺であったために、きょうまで、順慶をかばってきた。
これで、啓太(けいた 20歳)が尾行してつきとめた、毘沙門町・竜土寺の照顕(しょうけん 39歳)と、照顕がつなぎ(連絡)をつけにいった延命寺の秀涌(しゅうゆう 32歳)がわかった。
殺された暁達(ぎょうたつ 享年36歳)をいれると、4人の身許が割れたことになる。
飲みすぎて真っ赤な顔をしている〔千本(せんぼん)〕の世之介(よのすけ 60すぎ)に、
「ご苦労だが、明日、万吉(まんきち 22歳)どのといっしょに、源泉院の門前の花屋へいき、賢念(けんねん 13歳)に、師の元賢(げんけん 43歳)のところへよくきていた僧たちの名を聞きだしてくれませぬか。そのあとは、お時(とき 57歳)をかわいがってやってください」
先宵は、元賢の人殺しさわぎで、お時を889本目にできなかった。
「万吉どの。手みやげには、祇園新地の〔市山〕の牡丹餅を20ヶほど買っていってください」
「20ヶもどすか」
(京極の〔市山〕の牡丹餅)
「そんなに食われしまへん」
悲の齢ご鳴をあげた世之介に、
「賢念の男の子の胃の腑は底なしなのです。胃に入ればはいったほど、知っていることが頭からこぼれでるのです。お時にはあまりすめないこと。おんなは、甘いもので胃がふくれると---」
「わかっとります、気がはいらしまへん」
真にせまった世之介のいい方に、みんな、また大笑いであった。
「彦どの。そろそろ、ダチがあらわれるのでは?」
(奈良公園の絵葉書)
【参照】[銕三郎、膺懲(ようちょう)す] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
2009年10月19日~[貞妙尼(じょみょうに)の還俗(げんぞく) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)
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