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2008.04.05

ちゅうすけのひとり言(10)

静岡の〔鬼平クラス〕---SBS学苑パルシェ(JR静岡駅ビル7階で毎月第1日曜日午後1時から)で、ともに学んでいる安池欣一さんから、またまた貴重な資料をいただいた。

徳川林政史研究所 研究紀要昭和52年(1977)度分に寄稿された、深井雅海(まさうみ)さんの[紀州藩士の幕臣化と享保改革]の全文コピーがそれである。

この研究発表は、当ブログで2007年8月12日から、11回にわたって掲出した、同氏著『徳川将軍権力の研究』(吉川弘文館 1991.5,10)の第3章として収録されたものの元原稿である。

参照】2007年8月12日~『徳川将軍権力の研究』 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) 

ただ、あの時は、長谷川平蔵宣雄(のぶお)、平蔵宣以(のぶため)の栄進に深くかかわったとおもえる田沼主殿頭意次(おきつぐ)という大政治家が、飛騨・郡上八幡藩の農民一揆の仕置に参加することによって幕閣内で力を得ていった経過を読むのと、田中城との因縁から、その遺児ともいえる宣雄の引き立てに一役買ったとおもわれる元老中・本多伯耆守正珍(まさよし)の失脚に観察の主眼を置いた。
つまり、前掲書の第5章を中心にして読みこんだ。
徳川将軍権力の研究』を示唆してくれた学兄氏の指導がそこにあったからである。

_150安池さんからのコピーは、上掲書の第3章におかれていたものと同文であったから、こんどは、あちこち、ほかに気を散らすことなく、吉宗の江戸城入りにしたがった200余名の紀州藩士に視線を集中した---といっても、200余名の『寛政重修諸家譜』を全部抽出するところまでは、いまのところ、手がまわっていない。

寄稿者の深井雅海さんは、統計的手法で政治権力の移動と強化を見ることのほうに力点をおいている。
もちろん、吉宗体制の枢要な御側---加納久道(ひさみち)は「おおらかにつつしみふか」く、有馬氏倫(うじのり)は「さえかしこく、かどかどしき所ある」といった性格観察もなされてはいるとしても---。

参照有馬氏倫の「諸家譜」の個人譜
加納久道の「諸家譜」の個人譜

彼らと長谷川宣雄との、直接の接点はいまのところ、見つかってもいないし、見つかるとも予想していない。
とはいえ、紀州藩士から幕臣化した200余名全員の『寛政譜』を抽出・並列させれば、意外な発見があるかもしれない。時間との闘いになるだろう。
そういう観点を得ただけでも、安池さんからいただいた抜きコピーは、有用であった。

こんど、新しい視点を得たことが、もう一つある。
[第4節 井沢弥惣兵衛と年貢増徴策]に記されている、紀州藩の治水農政家・井沢弥惣兵衛為永(ためなが)という人物である。
寛文12年(1672)、紀伊国那賀郡野上荘溝口村生まれ。
宝永7年(1710) 49歳 紀州名草郡多田郷坂井村の亀池を築造する。
享保7年(1722) 61歳 紀州伝法蔵奉行を勤役中、幕府に召されて在方普請御用を命じられ、勘定所に出仕する。
以後、各地の用水路、新田開発などを指揮。報告は吉宗へ。
元文2年(1737)  73歳 病により美濃郡代を免職。のち寄合となり、翌年歿。享年76歳。

この行動派が実行した用水路の敷設、新田開拓の手法に注意が向いている。

というのは、宣雄の寛延元年(1748)、30歳までの冷飯時代、知行地の一つ(220石余)---上総国武射郡(むしゃこおり)寺崎で新田開墾を指揮・指導して100石ばかりを拓いた知識・技術は、年代はずれるが、間接的に、井沢為永に学んでいるのではないかと推察したからである。あるいは、当時輩出したほかの農政家たちからだったかも知れないが。

また一つ、手がけてみたいことがふえてしまった。喜ぶべきなんであろうな。

_360_2
(為永・嫡男の正房の個人譜)

ちゅうすけ注】〔寛政譜〕は歿年を85歳としているが、平凡社版『日本人名大辞典』(1937)がとっている76歳説に、とりあえずしたがっておいた。要確認事項である。

】これまでの[ちゆうすけのひとり言] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) 
 

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コメント

またまた静岡パルジェの安池様から貴重な資料を入手され「who!s who」が史実として益々充実されますね。

吉宗の江戸入りや吉宗体制そして享保の改革は長谷川平蔵関連ばかりでなく、様々な時代小説の背景をなしています。

[紀州藩士の幕臣化と享保改革]は大変興味深い資料です。ご解説を楽しみに期待しております。

投稿: みやこのお豊 | 2008.04.05 09:10

吉宗の新田開発に井沢為永・正房親子の活躍があったことだけが記憶に残りましたが、正房の寛政譜を拝見しますと何か物語がありそうですね。

投稿: 安池欣一 | 2008.04.05 11:04

>みやこのお豊さん
>[紀州藩士の幕臣化と享保改革]は大変興味深い資料です

そうなんです。しかし、深井さんはほんの数人しか具体例をあげず、あとは学問的らしく数値化していらっしゃいますから、人間ドラマが感じられないし、憶測もできません。
やはり、200人とはいわず、半分の100人でも寛政譜の抽出をしませんと。
あいた時間にやるとすると、1年はかかりますね。
まあ、ネライをしぽってやってみましょう。
お庭番はすでにやっているのだから。

投稿: ちゅうすけ | 2008.04.06 07:21

>安池欣一 さん

そう、時代は息子の正房の時になつていますからね。
長谷川家と紀州族とのからみをどう見つけるかですね。

投稿: ちゅうすけ | 2008.04.06 07:25

 初めまして、「水野氏史」の研究をしている隠居の水野青鷺(号)と申します。
貴ブログを本日はじめて拝読し、「水野氏」に関する記事を55件も書いておられるので、
嬉しくなりコメントさせていただきました。どうぞよろしくお願いいたします。
 小生は、個人の拙ブログの外に、先月「水野氏史研究会」のブログを発足しましたので
失礼ながらご案内させていただきます。もしよろしければご高覧下さいませ。
「水野氏史研究会」http://mizunoclan.exblog.jp/

投稿: 水野青鷺 | 2008.04.11 03:18

>水野青鷺さま
レスが遅れて申し訳ございません。
きょう、気づきました。
「水野氏史」をご研究とのこと、感銘を受けました。
ご姓が同じということからのご研究でしょうか。これからブログを拝読すればわかることですね。
ことらは、史実の長谷川平蔵を追っております。ご研究とうまくパッティングしのした節は、お教えくださす。お願いしておきます。
今後ともよろしくご教示を。

投稿: ちゅうすけ | 2008.04.14 17:13

ちゅうすけさん
 先日は、拙ブログにお越し下さりありがとうございました。このところ野暮用やら呑み会やらで少々くたびれておりましたので、お返事が遅れまして申し訳ありませんでした。
 これだけ多くの「水野氏」を取り上げておられますので、是非とも「水野氏史研究会」にご入会いただけたら嬉しく思います。入会金も年会費も要りませんし、会員として何の義務もありませんのでお気軽にメールフォームからお越し下さいね。(^^)
 本会は、水野氏のほんの一部に関する事や、また関連氏族も対象としていますので、貴ブログからの転載なども歓迎いたします。
小生の方こそ、今後ともご教示くださいますようお願いいたします。

投稿: 水野青鷺 | 2008.04.16 18:11

ちゅうすけさん、その後ご無沙汰いたしております。
 先日、水野氏史研究会ブログに山川水野家関連のリンクを
張っておりましたところ、下記のような画像を見つけました。
もう既にご存じのこととは存じますが――
「史実の長谷川平蔵を追っております。ご研究とうまく
パッティングしのした節は、お教えください」
とのことでしたので、念のためお知らせいたします。
 下記の□の文字や、その他の文字についても、浅学のため
誤りがあろうかと思われますが画像でご確認いただけたら
幸いです。

東京都立大学付属図書館
<水野家文書紹介>
掲載画像――御船記並諸国御船印之図A2-77 23
http://www.lib.metro-u.ac.jp/mizuno/mizuno.htm
「御関船鳳凰丸 御船方」
天保十二年丑年(1841)七月改
 當時 長谷川平蔵 御□り

投稿: 水野青鷺 | 2009.01.14 10:36

ありがたいお誘いとともに、インフォメーションまで、ありがとうございます。
じつは、もう一つ、歴史---といいましても、ニューヨークの1949年からのある会社の歴史ですが、そちらの調査に時間の大半を費やしております。
諸賢の仲間入りをさせていただくのは、上記のブログから手がぬけてから、当方からお願いさせていただくつもりでおります。
いま、すこし、ご猶予くださいますよう。

投稿: ちゅうすけ | 2009.01.19 09:32

ちゅうすけさん、お返事が遅れてすみません。
水野氏史研究会へのご入会を心待ちに致しております。

投稿: 水野青鷺 | 2009.02.01 08:43

鬼平、、
池波正太郎のファンです。
全集を求めてコツコツ読んでいます。
そこで質問なんですが、全集以外にも本はあるのでしょうか。

投稿: 陣副金子 | 2009.02.02 16:23

>陣副金子さん

未収録エッセイが、講談社文庫で5冊あります。
大げさがきらい
わが家の夕めし
わたくしの旅
あたらしいもの古いもの
作家の四季
(順不動)

あと、全集の別巻の著作年表の作品リストと、全集への収録作品を対照してごらんになるといいでしょう。
全集って、講談社版『完本池波正太郎大成』のことですよね?

投稿: ちゅうすけ | 2009.02.03 17:25

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