平蔵、これまでの盗賊体験(4)
聖典『鬼平犯科帳』に登場している個性的な盗賊のうちで、大物の---
[蓑火(みのひ)]の喜之助(きのすけ 没年67歳)、
[狐火(きつねび)]の勇五郎(ゆうごろう 没年71歳)、
そして、変わり者ではある、
〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう)
---と、その配下だった者たちに触れたシーンを再録した。
あと、『鬼平犯科帳』から借りたのが、3,4人ばかりいる。
まず、初代〔墓火(はかび)〕の秀五郎(ひでごろう)。
銕三郎(てつさぶろう 24歳)が、香華寺が同じ戒行寺の火盗改メ・菅沼攝津守虎常(とらつね 55歳=明和6年 700石)から捜索をたのまれた。
安永6年(1777)のいま、平蔵(へいぞう 31歳)が剣を教え、初体験を打ちあけられた藤次郎(とうじろう 13歳 7000石)も、同族である。
また、藤次郎の初穂をつまんだ奥女中頭の於佐和(さわ 33歳)を引きとって奈良奉行に赴任していった菅沼藤十郎定亨(さだのり 48歳=安永6年)も一門であった。
『鬼平犯科帳』文庫巻2[谷中いろは茶屋]に顔を見せているのは、息子の2代目のほうである。
【参照】2009年3月22日[菅沼攝津守虎常] (4)
2009年3月23日~[墓火(はかび)の秀五郎・初代] (1) (2) (3) (4) (5) (6)
〔高畑(たかばたけ)〕の勘助(かんすけ)は、文庫巻7[盗賊婚礼]に顔をみせた、〔傘山(かさやま)〕の弥太郎(やたろう)の後見役の老盗賊である。
もっとも[盗賊婚礼]は、寛政5年(1793)2月、火盗改メ・長官の長谷川平蔵が48歳のときの事件であった。
こちらは、銕三郎(てつさぶろう)が24歳のとき、すなわち明和6年(1769)でのことであった。
2009年2月2日~[〔高畑(たかばたけ)〕の勘助] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)
【ちゅうすけ注】勘助は、生地は、出羽・高畑と聖典p262 新装版p275 にある。
〔高畑〕は、戦後は「たかはた」と読む傾向があるが、『旧高旧領取調帳』のデータベース版iに「小貫高畑(おぬきたかばたけ)」(現・秋田県大曲市)とあったので、江戸時代の呼称らしいこれににしたがった。
聖典の巻10の[蛙(かわず)の長助]の元のお頭(かしら)である。
2009年6月25日~[〔神崎(かんざき)〕の伊之松] (1) (2) (3) (4)
【参照】2010年7月28日~[浅野大学長貞(ながさだ)の異見] href="http://onihei.cocolog-nifty.com/edo/2010/07/post-7f00.html">1) (2) (3) (4) (5) (6)
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