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2011.03.02

西丸の重役(3)

「あの爺ィさん、駒込片町、白山社下のしもうた家にはいっていきました」
松造(よしぞう 30歳)が、翌朝、告げた。

鍛冶橋東詰で見かけた〔荒神こうじん)の助太郎(すけたろう 60なかば)を尾行(つ)け、寝ぐらをつきとめさせたのであった。

「近所の家にさぐりをいれようかとおもいましたが、噂になり、逆に気づかれてもとおもい、ひかえました」
「それでいい。松蔵もいっぱしの火盗改メの手ものなってきたな」

平蔵(へいぞう 36歳)にほめられ、てれ隠しに、
「日光での助太郎とくらべると、めっきり老けましたねえ。幾度も追いぬきそうになりました」

参照】2010年2月14日~[日光への旅] () (

「お主(ぬし)が日光へ行ったのは、8年も前のことだ。助太郎だけが齢を重ねるわけではない。お互いにそれなりに老けている」
いってしまってから、
(しまった)
ほぞを噛むおもいをした。

松造の女房・お粂(くめ)は10歳も齢上---40歳のはずであった。
加齢の話題は鬼門だ。

しかし、松造は気にしなかった。
「殿。朝っぱらからなんですが、おんなの40代というのは、盛(さか)りというのか、交尾(さか)りというのか---躰のすみずみまで練りあげられてい、どこを触られても燃えあがってしまうんで---」

参照】2010年6月27日~[〔草加屋〕の女中頭助役(すけやく)・お粂] () () 

「おの躰をそのように練りあげたのは、松造であろう?」
「そうなりますかねえ」
「お主の指は、とくぺつあつらえだからな」
「殿。そのことはいいっこなしの約定でございます」
「悪かった」

松造は、10代の後半、〔あすか山〕の寅松(とらまつ)と名乗った掏摸(すり)であった。

参照】2008年9月7日~〔中畑(なかばたけ)〕のお竜〕 (1) () (3)

松造のお蔭で、室と出会えることができたのだ。大恩人とおもっておる」
「殿には、かないません」

平蔵に男惚れし、足を洗った。

西丸へ登城してみると、若年寄・井伊兵部大輔尚直朗(なおあきら 35歳 与板藩主2万石)ばかりか、なんと老中に鳥居丹波守忠意(ただおき 65歳  壬生藩主 3万石)が帰り咲いていたではないか。

4年前、丹波守忠意が西丸の若年寄であったころ、壬生城下の事件解決に手を貸したばかりか、〔音羽(おとわ)〕の香具師(やし)の元締・重右衛門(じゅうえもん 51歳=当時)を伺候させたことまであった。

鳥居丹波守は、継嗣・家基(いえもと)の急死のあと、本城で少老末座として経験をつみ、このたび西丸の宿老となったのであった。

参照】2010年9月25日~[〔七ッ石(ななついし)〕の豊次] () () () () () () () () () (10) (11) (12
2010年10月日~[鳥居丹波守忠意(ただおき) () () (

(運が向いてきたかもな---)
思わず顔がゆるむのを感じるとともに、
(慢心するでない、(てつ)。運は自分の手でひらくものと、父上がおっしゃっていたではないか。高杉先生は、1歩前進2歩後退とおさとしになった)

自戒は長くはつづかなかった。

九つ半(午後1時)すぎ、同朋(どうぼう 茶坊主)が、ご用部屋の廊下へ参るようにとの、鳥居老中の呼び出しを告げた。


N1_360
N2_360
N3_360
(鳥居丹波守忠意の個人譜)


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コメント

家基の生前に西丸の若年寄であった壬生藩主の鳥居丹波守忠意が、豊千代の西丸入りで帰り咲くのは、考えてみればあたりまえの人事なんですが、それにしても数年前に壬生寺の事件を解決した平蔵さんはツイているというか、運をもっている人なんですね。

投稿: tomo | 2011.03.02 06:43

>tomo さん
ほんと、tomo さんにご教示いただき、考えてみると、平蔵には運がついています。
田沼意次には目をかけられ、番頭の水谷出羽守は亡父・宣雄を生んだ女性の父が仕えていた備中・松山藩士。
そして、西丸の新若年寄の内室は田沼老中のむすめ---なんだか、運がよすぎるみたいでもあります。

投稿: ちゅうすけ | 2011.03.02 08:39

「お主の指は、とくぺつあつらえだからな」には笑ってしまいましたよ。
掏摸として鍛えた繊細でよく動く指で、お粂もコロリと参ったはずですから。
平蔵も、とんでもないときにとんでもないことを言いますな。

投稿: yotaro | 2011.03.02 10:14

>yotarou さん
平蔵どのも、ときにはコメデー風も自分で吹かさないと、彦十が京都にべったりですからね。
松造がもうすこしおかしみをだしてくれるといいのですが。
まあ、10歳も齢上の女房といっしょにいるわけですから、夜は女房をよろこばせ、ひるは平蔵につかえでは、大変は大変てしょうが。それに、久栄の金を掏摸った前科もありますし。

投稿: ちゅうすけ | 2011.03.03 13:16

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