与板への旅(2)
「矢板藩のことで、贄(にえ)さまに伺いたいことがありますので、早じまいをお願いいたします」
与(くみ 組)頭(がしら)・牟礼(むれい)郷右衛門勝孟(かつたけ 61歳 800俵)は、昨日のきょうである、気前よく通用状をしたためてくれた。
火盗改メの本役・贄 越前守正寿(まさとし 41歳 300石)の屋敷は、九段坂下の俎板(まないた)橋西詰にあった。
顔見知りの門番に、筆頭与力・脇屋清助(きよよし 53歳)に案内を乞うと、小者を走らせてくれた。
脇玄関に顔をみせた脇屋筆頭に、牢番の悦三(えつぞう 35歳)に会いたいと告げると、
「また、なにか---?」
心配顔になったので、
「いえ。別の用向きです」
さいわい、悦三は当番で牢番小屋にいた。
「教えてほしいことが出来(しゅったい)した」
「なんなりと---」
悦三は、いまでは、音羽の〔鳥越屋〕の私娼だったお甲(こう 28歳)と所帯をもっていた。
【参照】2011年1月25日~[平蔵の土竜(もぐら)叩き] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13)
「越後生まれの盗賊をしっていたら教えてくれ」
「------」
口ごもり、目をそらせた。
口を開くのを待った。
しばらく待ったが、悦三は目を宙に泳がせていた。
「悦三。お前に、密告(いぬ)になれといっているのではない。気がむかねば、それもよし、だ」
「長谷川さま。どうなさろうというのですか?」
「矢板に、奇妙な賊がいてな。その賊に、警告を発するのだ」
「警告を---?」
「そうだ。矢板のご藩主・井伊侯(飛騨守直朗 ただあきら 35歳 2万石)が西丸の少老(若年寄)にお就きになった。その手前、これまでのように賊をのさばらせてはおけないとおこころをお決めになった。こちらのご前にお頼みになるやもしれない---」
「---あいわかりました。捕らえるのではございませんな」
「誓って---」
「〔馬越(まごし)} の仁兵衛(にへえ)というお方がおられます。いちどだけ、〔舟形(ふながた)〕のといっしのところに立ちあったことがございます」
「〔馬越〕だな」
「はい。矢板のご領内に近い土地(ところ)の郷名(さとな)でございます」
「礼をいう」
「とんでもごいません」
「も一つ。、お甲に訊いてみてくれ---いや、これはよそう。せっかく足をぬいたのだ」
「------」
悦三がふかぶかと頭をさげた。
「いいってことよ。〔鳥越屋〕の吉兵衛をたたけば、わかることだ」
【参照】201135~[与市への旅] (1) (4) (5) (6) (7) 8 (9) ((10)) (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19)
| 固定リンク
「017幕閣」カテゴリの記事
- 寺社奉行・戸田因幡守忠寛(ただとを)(4)(2010.10.19)
- 寺社奉行・戸田因幡守忠寛(ただとを)(2010.10.16)
- 本城・西丸の2人の少老(6)(2012.05.07)
- 本城・西丸の2人の少老(5)(2012.05.06)
- 本城・西丸の2人の少老(4)(2012.05.05)
コメント
平蔵さんの人脈づくくりの好例---悦三とお甲。
意図しないで情けをかけておくから、先方もこだわりなく協力してくれる。義理のわかる時代だったんですね。
投稿: tomo | 2011.03.06 05:13
>tomo さん
レスが遅れてごめんなさい。
昨日は静岡の[鬼平クラス]で文庫巻15、長編『雲竜剣』でした。2日間ほど再読というより、5度目ほどの読み返しでした。
それで遅れたこのブログの書き込みにかかりきっていまして。
このブログ、調べものを入れると1日分に8時間はかかるのです。構想を練る時間は別で。
悦三とお甲の項は、わりあいうまくいったストーリーだと自負はしているのですが。
投稿: ちゅうすけ | 2011.03.07 17:56