〔雨彦(あまびこ)〕の長兵衛
『鬼平犯科帳』文庫巻16に載っている[白根の万左衛門]のタイトルは、そのまま本格派盗賊の首領(72歳)の名前である。
(参照: 〔白根〕の万左衛門の項)
江戸で稼ぎまくってずいぶんと名前を売っていたものだが、鬼平が火盗改メに就任すると同時に、ぴたりと活動をやめた。といっても、盗めをやめたわけではなく、仕事の場を上方から中国すじへ移しただけである。
久しぶりの江戸でのお盗め先(数寄屋橋門外の文具舗〔大和屋〕)の準備がととのった、との知らせが名古屋へ届き、万左衛門は老巧の〔灰谷(はいだに)〕の菊松とむすめ婿の〔沼田(ぬまた)〕の鶴吉をまず下向させ、つづいて自らも麹町6丁目の鞘師の家へ落ち着いたところ、死の病いにとりつかれた。
(参照: 〔灰谷〕の菊松の項)
長くはなさそうというので、配下の者が気をきかせて、名古屋から小頭の〔雨彦(あまびこ)〕を呼んだ。
年齢・容姿:60がらみ。顔は陽にやけているが、足取りは達者。
生国:「通り名(呼び名)」の〔雨彦〕は、ムカデに似た小さな虫のことである。どこでも見かけるから、生国の推理の手がかりにはならない。
〔白根(しらね)〕一味のNo.2ということなので、地縁を考えた。
万左衛門を信濃(しなの)国上高井郡(かみたかいこおり)白根山麓(現・長野県上高井郡白根山の西麓)の出とした。その近隣の村---小さな虫にかけて、上高井郡の千曲川右岸・小布施(おぶせ)町小布施としてみた。
探索の発端:平河天満宮の鳥居のところで、2人づれの男女を、〔白根(しらね)の万左衛門のむすめのおせき(24歳)と、その婿の〔沼田(ぬまた)〕の鶴吉(30がらみ)だと、密偵〔馬蕗(うまぶき)〕の利平次が鬼平へ告げた。
尾行がつき、麹町の鞘師・梅之助の店が割れ、つづいて下向してきた長兵衛の身元がつきとめられた。
(参照: 〔馬蕗〕の利平次の項)
結末:万左衛門は死の床で、隠し金1,500両ほどの遺(のこ)し金を京都のさる家の仏壇の下へ隠してると、むすめ夫婦と小頭の長兵衛へ告げた。
遺し金を一人占めしようとしたおせきがまず締め殺され、ついで鶴吉が殺されかけたところで、〔雨彦〕グループは尾行していた火盗改メに縛られた。
つぶやき:これまで、右腕とか左腕とか、軍師役などと呼んできたNo.2が、この篇ではじめて「小頭」という呼称を与えられた。
これは、『雲霧仁左衛門』(新潮文庫)へそのまま転用されることになった。
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