〔布屋(ぬのや)〕の弥市
『鬼平犯科帳』文庫巻2に入っている[密偵(いぬ)]で、下谷・坂本町3丁目の一膳飯屋〔ぬのや〕の亭主ながら、火盗改メ方の密偵をやっている、元は〔荒金(あらがね)〕の仙右衛門の配下だった盗人。
(参照: 〔荒金〕の仙右衛門の項)
年齢・容姿:30男。むっくりと肥えた躰。
生国:店名〔ぬのや〕が〔布屋〕とすると、摂津(せっつ)国東成郡(ひがしなりこうり)か、西成郡(にしなりこうり)、どちらかの布屋村(現・大阪市城東区か西淀川区の布屋)。〔ぬのや〕とかなで書けば、江戸では上方の村名とは気づかれはすまいとかんがえてつけたのかも。
盗人時代の異名〔青坊主〕は、剃りあげた頭についたもので、出生地とはかかわりがない。
現在の岐阜市にある布屋町は、『旧高旧領』に記載がない地名である(岐阜市に編入された経緯を地元の池波ファンからお教えいただけるとうれしい)。
探索の発端:突然、訪ねてきた〔乙坂(おとさか)〕の庄五郎が、〔縄ぬけ〕の源七が江戸へ入ってきて、弥市の命を狙っているから気をつけろ、といった。
〔乙坂〕の親分の〔夜兎(ようさぎ)の角右衛門と〔荒金〕の仙右衛門は親しく、子分の貸し借りをなどしていたので、弥市と庄五郎は子分同士顔見知りだったのである。
(参照: 〔夜兎〕の角右衛門の項)
弥市はすぐさま、事情を火盗改メの与力・佐嶋忠介へ報告しておいた。
と、〔乙坂〕の庄五郎が、一度だけでいいから、こんと゜の盗め先小網町3丁目の線香問屋〔恵比寿屋〕の金蔵の合鍵をつくるようにと強制してきた。
結末:合鍵を渡すと、〔乙坂〕の庄五郎の後ろから現われた〔縄ぬけ〕の源七ともども、〔荒金〕一味の盗人宿を白状した弥市を責めて撲殺。
〔乙坂〕の庄五郎一味12名は、源七ともども、召し捕らえられ、死罪。
つぶやき:盗賊たちが押し入る店を、問屋名鑑の『江戸買物独案内』から、池波さんが選出していたことは、いまや周知のこと。
この『江戸買物独案内』は、業種ごとに問屋の広告が列記されている。すべての広告をばらばらに切り離して町ごとに集めなおすと、1軒の問屋がいくつもの業種を扱っている例が少なくないことが見えてくる。
と同時に、線香問屋は薬種(くすりだね)問屋の兼業で、線香問屋だけでは成り立たなかったことも分かる。
〔乙坂〕一味が狙った〔恵比寿屋〕は、小網町ではなく尾張町にあって、呉服、太物(木綿と麻類)、繰綿など10以上の品目(業種)をあつかっていた大店問屋であった。
まあ、小説だから、そこのところは大目にみておくべきなんだろう。
付記:
密偵になる前、すなわち、現役(いまばたらき)時代の弥市の「通り名(呼び名)」は[青坊主〕だった。
弥市の容姿からきた〔青坊主〕という「通り名」だが、鳥山石燕『画図百鬼夜行』(国書刊行会 1992.12.21)から池波さんがヒントを得たとおもわれる「青坊主」の絵を引いておく。
「一つ目」と弥市の関連はよくわからない。
| 固定リンク
| コメント (2)
| トラックバック (0)
最近のコメント