小説の鬼平 史実の長谷川平蔵
(よし。鬼平のホームページを開設しよう)
思い立ったのは、都営地下鉄・五反田駅の無料展示コーナーへ『鬼平犯科帳』の絵解きを掲出していたとき。
通りがかりの中年の男性が立ち止まり、塗り絵した『江戸名所図会(ずえ)』の絵を指して、
「これらの元の絵は売っていますか? 売っていたら、わたしも鬼平ファンなもので、買って塗ってみたい」
聖典『鬼平犯科帳』は文庫版だけでも5年前のそのころ、1,800万部以上も刷られていた(現在は2,400万部前後)。
五反田駅の通行客のようなファンは日本中……いや、ニューヨークやロンドンに駐在中の人の中にもいるにちがいない。
池波さんも執筆にあたって熟視した長谷川雪旦の原画をこの人たちへとどけるには、インターネットで配信、ダウンロードしてもらうにしくはない、とかんがえた。
『鬼平犯科帳』に登場する『名所図会』の元の絵と塗り絵とをセットにしたホームページが、ブログ[『大人の塗絵…『江戸名所図会』]に昇格したのは、この2月である。
塗り絵には、各地の生涯学習センターの受講者たちにも腕をふるってもらっている。
鬼平ファンには、部下のほめ方や叱り方、命令の出し方や報告の受け方などを小説から学ぶという中高年が多く、この人たちはまだパソコンが得意じゃなかろうに、7か月間に3万5,000を超えるアクセスをえた。
そう、鬼平こと長谷川平蔵は、幕臣としての家禄は400石だから、それほど高いほうではない。
しかし40歳そこそこで1,500石格の先手弓組の組頭に栄進、さらに火付盗賊改メを兼務したものだから、同輩たちのねたみがきつかった。
平蔵任命時の先手組頭33人の平均年齢は62歳強――いかに平蔵が大抜擢だったか、この一事でも推察がつく。
その上、着任した組は火盗改メの経験がずば抜けて豊富な弓の2番手だったから、まさに期待の人事だった。
同輩たちとのあつれきの詳細は、このもう一つのホームページ[『鬼平犯科帳』の彩色『江戸名所図会』]の[現代語訳 よしの册子(ぞうし)]で明らかにしている。
長谷川平蔵の蔭にあたる部分に、身につまされる中間管理職も多いとみえ、こちらは6年間で57万アクセスを超えている。
史実の長谷川平蔵と小説の鬼平とのあいだには、それほど大きな差はない。差異があるとすると中村吉右衛門さんが演じているテレビの鬼平版のほうだろう。
テレビでは、強情な盗賊の自白をえるために拷問部屋で痛めつける場面が少なくない。
が、史実の平蔵は「おれは町奉行所のように拷問なんかしない。そんなことをしなくても犯人はすらすらと白状してくる」と豪語している。
また、組下の者たちへ「十手は太刀とおなじだからむやみにふりまわしてはならない」と厳命してもいる。
だから、テレビのラストシーンで手向かう盗賊団を与力・同心たちが十手でびしびし打ちすえるのも史実と異なる。
上記の『鬼平犯科帳』のホームページには、右のような挿話も入れているし、地方読者にも地理がのみこめるように江戸の切絵図を掲げてロケーションを明示している。というのも池波さんが切絵図の道順どおりに人物をうごかしていることを知ってもらいたいからだ。
もっとも、池波さんが愛蔵していた切絵図(近江屋板)は鬼平の時代よりも40年もあとの版だから、たとえば[寒月六間堀]で、南本所の幕臣・小浜某の屋敷の塀に平蔵が身をひそませるが、小浜家が同所へ居をかまえたのは平蔵の死後20年あと……といった矛盾も出たりする。

南本所の〔二ッ目の橋] と二ツ目の通り(池波さん愛用の近江屋板)。
赤○=小浜邸(史実)
緑○=お熊の茶店〔笹や〕 青○=しゃも鍋〔五鉄〕(小説)
そんな揚げ足とりをしてたのしむのも熱烈ファンだからこそ。


天明4年末、平蔵はその月の初めに西丸徒頭(かちかしら)へ登用されたばかりだった。


幕府が立て替える禁裏の諸費用が水ぶくれしていたための、私曲摘発だった。
寛政元年(1789)9月7日、池田筑後守長恵( 900石)が、在任2年で京都町奉行から呼びもどされ南町奉行に任じられた。











『オール讀物』平成元年(988)7月臨時号「鬼平犯科帳の世界」に、鬼平に登場する商店を並べた[江戸ショッビング案内]を寄稿したときである(のち、同題の文春文庫に収録)。


























とりわけ、宿坂下のあたり---金乗院を描いた『江戸名所図会』 
池波さんがJR静岡駅からバスで4時間(道路が整備されたいまは2時間弱)かけて、安倍川の源流へ10里(40キロ)遡った温泉場---梅ヶ島を訪ね、さらに安部峠を7里も歩いて身延へ抜けたのは、未完エッセイ集第1冊『おおげさがきらい』(講談社 2003.2.15)によると、1956年前後、池波さんが32,3歳のことであったらしい。
























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