お乃舞(のぶ)の変身(3)
「五左次(いさじ)が、とんでもなくご迷惑をおかけいたしやして---」
品川の香具師(やし)の元締・〔馬場(ばんば)〕の与左次(よさじ 57歳)が頭をさげると、うしろの五左次(いさじ 22歳)もつづいて額を畳にすりつけた。
平蔵(へいぞう 37歳)がお勝(かつ 41歳)に呼び出されてから5日のちの、〔季四〕の座敷であった。
「迷惑---はて、面妖な---?」
「は---?」
「たしかに、お勝(かつ 41歳)はとり乱してはおる。 しかし、われはよかったとおもっておる」
意外な言葉に、〔馬場〕親子はきょとんとした顔で平蔵の次の科白を待った。
「五左次どんの嫁にしてくれるのではなかったのか?」
横で、女将の里貴(りき 38歳)が笑いをこらえ、与左次に酒をすすめた。
与左次が、いつもの威容はどこへやら、しどろもどろで言いわけしたところによると、先だっての集まりで、口火をきって己れの考えを述べたお乃舞(のぶ 23歳)の気風(きっぷ)のよさと、絹でつつんだような京都弁にすっかり感激した。
【参照】2011年5月26日[若獅子たちの興奮] (2)
ちょうど、[化粧(けわい)読みうり]品川板のお披露目枠の常連である白粉問屋〔久乃(くの)屋〕作兵衛方の化粧師がお産で休みたいといっており、代わりを頼まれていたので、集まりが退けてから茶店でお乃舞に相談した。
お乃舞は気軽に品川までき、〔久乃(屋〕をのぞいてくれた。
陽が暮れたので、〔馬場〕家で夕飯となり、酒も出たので、若い者を楓川ぞいのお勝たちの家へやって断りをいれ、その晩は品川で泊まってもらった。
もちろん、 寝間には与左次の女房がいっしょに伏せた。
ところが、お勝は承知しなかった。
朝帰りしたお乃舞を面罵しつづけた。
お乃舞はそれに耐られず、数回、馬場へ逃避してきたので、そのたびに女房をいっしょの部屋で寝させてきた。
さいわい、お乃舞も、五左次のことを嫌いではないらしいので、
「ここは、長谷川さまにお勝さんを説き伏せていただき、お乃舞さんを当家の嫁にもらいうけたいのでやす」
「長谷川さま。お引きうけなさいませ」
五左次びいきの里貴がすすめた。
「〔馬場〕一家の祝いごとともなれば、元締衆はいうよおよばず、あちこちのつながりもあろう。仲人は〔音羽(おとわ)〕の元締夫妻に頼むとして、われはお乃舞がわの親族ということで出席しよう。したがって、式の日取りは、われの非番の日にしてもらいたい」
平蔵の申し入れに、〔馬場〕親子は、平伏したまましばらく顔をあげなかった。
平蔵は、お勝のために、相手を見つけてやる難題に、じつは頭をいためることになった。
〔箱根屋〕の権七(ごんしち 50歳)相談したところ、笑いながら、
「長谷川さまも、案外、灯台元暗し---でございますなあ。〔耳より〕の紋次(もんじ 39歳)どんがいるじゃございませんか。[読みうり]のネタにことよせ、足しげく会っていますぜ」
(手に職をもったおんなが齢上の時代なんだな)
平蔵が憮然としてつぶやいたが、里貴のことは忘却していたらしい。
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