駿府町奉行所で (3)
銕三郎(てつさぶろう 24歳)から、おもいもかけなく、盗賊に持ち去られたまれた金額はほんとうに400両だったのか---しかも、うち、200両は戻ってきたのではないか? と訊かれた〔五条屋〕の主人・儀兵衛(ぎへえ 45歳)は、気絶せんばかりに度をうしない、口もきけなくなった。
代わって番頭・吉蔵(よしぞう 58歳)が、ぺたりと畳に額をつけ、
「お役人さま。申しわけもございません。すべては、手前、吉蔵が差配いたしましたことで、旦那さまにはかかわりはございません」
「まあまあ、番頭どの。顔をおあげくだされ。ここは白洲ではありませぬ。拙としても、お2人の企(たくら)みを暴露(あば)くために、お呼びしたのではありませぬ」
儀兵衛の顔に血の気が戻ってきた。
「江戸のお役人さま。企みましたのは、吉蔵どんではありません。わたくしめが手くばりいたしましてございます」
決心したように言う。
「ご両人。声が高い。もそっと、小さな声で話しあいましょうぞ。外に洩れては、〔五条屋〕さんの生業(なりわい)がたちゆかなくなりましょう」
「いかがいたしますれば---?」
さすがに老練な番頭である、早くも、銕三郎が許してくれそうな感触を察して、のりだしてきた。
「番頭どの。それでは、ありのまま、お答えください。200両は戻ってきましたね?」
「いえ、戻ってきたのではございません。最初(はな)から、助太郎さんたちが持ち去ったのは200両だけだったのでございます」
「それが、〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう 50すぎ)との取り決めだったのですね?」
「はい。お礼のつもりでした」
「お礼といいますと---?」
「泥棒に入ってもらうお礼でございます。お店(たな)から失せた400両のつじつまをあわせるための---」
「ということは、盗難そのものが芝居だったと---?」
「はい。もっとも、助太郎さん一味は、ほんとうに勝手口の板戸を切って押し入り、旦那さまはじめ、店の者たちも気絶させて、こちらが用意した200両を、錠前を金鋸(かなのこ)で斬って持ち去りました」
「失せたという400両は、儀兵衛どのの外のご新造代わりのところへ---」
「お見通しのとおりでございます」
「そちらにも、お子が---?」
「はい。まことの旦那さまのお子がいらっしゃいます」
「すると、お勢どのが生んだお子は、先代の---?」
「そこまで、お調べでございましたか---」
儀兵衛が〔荒神〕の助太郎と知りあったのは、去年の秋、仕入れに上った京からの帰りに、大井川の手前、金谷(かなや)宿のとば口の菊川であったという。
(菊川村→金谷宿 『東海道分間延絵図』部分 道中奉行製作)
(大井川 『東海道名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)
(大井川 『東海道分間延絵図』部分)
突然の驟雨(はしりあめ)に、近くの軒に雨宿りしたところ、中で〔五条屋〕がどうとかこうとかの話し声がした。
呼ばれたと勘ちがいして、儀兵衛はおとないを乞い、
「手前が〔五条屋〕でございます」
と言うと、招じいれられた。
中には、3人の男と、ややを抱いたおんなが一人いた。
「男たちが、助太郎と彦次(ひこじ 31歳)ともう一人、おんなは賀茂(かも 30すぎ)---」
「はい。もう一人の男は、半七(はんひち 25歳ほど)でございました。しかし、どうしてそれを---まるで、神業としかおもえませんが」
「拙のことは、どうでもよろしいでしょう。それで?」
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