〔蓑火(みのひ)〕のお頭(13)
白粉問屋〔福田屋〕では、長谷川平蔵(へいぞう 30歳)を目ざとく見つけた一番番頭の常平(つねへい 48歳)が、
「お勝どん」
仕事の手をとめたお勝(かつ 33歳)に、手をふり、そうではないと示した。
「ご当主・文次郎どのに頼みごとがある」
常平が奥へ小走りに消え、やがて、文次郎(ぶんじろう 41歳)ともどもにあらわれ、中庭に面した座敷へ招じた。
「南伝馬町2丁目の両替商〔門(かど)屋〕の店主をご存じなら、番頭ともども、こちらへ来てもらいたいのだが。店の命運にかかわるほどの話だと伝えてくださってよろしい」
番頭の常平が、あわてて座敷をでていった。
〔野田屋〕は、京の小町紅の仕入れ代金などの為替決済などに〔門屋〕を使っていると文次郎が話し、平蔵が相槌をうちながらお茶をすすっているまに、〔門屋〕の店主・嘉兵衛(かへえ 55歳)と番頭・富造(とみぞう 62歳)が伴われてきた。
嘉兵衛は、胃の腑でも患っているのか、痩せて、青黒い肌をしていた。
道々に常平が説明したのであろう、額が畳につくほどにお辞儀をしたが、目尻には、武家の若造に為替のことがわかってたまるかといった気負いがみえた。
「〔門屋〕どの。お忙しいのにわざわざお運び願ったのは、金蔵(かねぐら)が、日本一の盗賊に狙われているからです」
嘉兵衛もと富造も、さすがに、表情をあらためた。
気配を察した文次郎と常平が、こころのこりな顔で座をはずした。
「この2年、いや3年---そうだな、5年がうちに新しく雇いいれた者の名と、齢かっこう、その役どころを書いてみなさい」
2人が相談をし、富造が書いてさしだした紙を見、
岩次郎 52歳 下男
を指さし、
「この仁を雇いいれたのは?」
「3年前です。信濃・佐久郡の岩村田城下の、同業の〔春日屋〕さんの請(う)けで---」
「その〔春日屋〕を介して雇った者は、この書き出しの中には、ほかにおらぬかな?」
「はい、5年前に小僧として入り、いまは手代をしております由三(よしぞう 19歳が---」
平蔵は、〔蓑火(みのひ)〕の喜之助(きのすけ 54歳)のおそろしいほどの遠慮と深謀をしり、身がふるえほどに感銘を覚えた。
(〔中畑(なかばたけ)〕のお竜(りょう 享年33歳)が心酔したのも当然だ)
その〔蓑火〕は、軍者(ぐんしゃ 軍師)の一人であったお竜を盟友・〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 55歳)に譲り、備前岡山の浪人で〔殿さま〕栄五郎(えいごろう 30半ば)という、頭も剣の腕も秀でたのを軍者として配下にくわえたという。
【参照】2008年11月2日[『甲陽軍鑑〕] (2)
〔門屋〕はおろか、〔福田屋〕へもお勝へも報復の手がおよばないように、〔蓑火〕一味に手を引かせるには、〔殿さま〕栄五郎のものの考え方をもうすこし知りたい。
こういうときに、おまさ(19歳)の父親・〔鶴(たずがね)〕の忠助(ちゅうすけ 享年53歳)がいてくれたら、どれほどこころ強いか。
【参照】2005年2月12日{[鶴(たずがね)〕の忠助]
2008年4年29日~[{盗人酒屋〕の忠助] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
【参照】2010年4月26日~[〔蓑火(みのひ)のお頭] (9) (10) (11) (12) (14) (15) (16)
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